また、防毒マスクをかぶり火炎放射器を持った日本兵は映画の予告編やポスターでは主役級の扱いを受けていたが、本編では添え物的な扱いに過ぎなかったことも印象的だった。本編とはあまり関係ない素材で、煽りまくった宣伝素材を作るあたりも、B級カルト映画っぽさをを感じさせる。

歴史解釈もねじ曲げているのか? 研究家の見解は…

 さて、ここまでトンデモ描写が多いと、歴史解釈もねじまげまくっているのではないかと気になるが、広中一成・愛知学院大学准教授は「おおまかには事実に沿っている」と指摘する。広中准教授は今年7月に『七三一部隊の日中戦争 敵も味方も苦しめた細菌戦』(PHP新書)を出版した歴史研究家だ。

「旧日本軍に女性将校がいるなど明らかに歴史事実に合わない点もありましたが、どちらかというと史実をモチーフにしている場面が目につきました。たとえば731部隊の研究施設が監獄を囲むように四角い構造になっていましたが、これは通称『ロ号棟』と呼ばれた実際の建物です。

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 ネズミが多く登場するのも、731部隊が細菌兵器を製造するために大量のネズミを確保していた事実に由来していると考えられます。冒頭に部隊長の石井四郎が絢爛豪華な宮殿で浄水器を解説しているシーンも、天皇陛下に石井が開発に携わった石井式濾水機を披露したという史実に着想を得たのでしょう」(広中准教授)

 史料に基づき過去を論証していくのが歴史学だが、明らかな事実には沿いつつも確定していない歴史のスキマで想像力を駆使するのがフィクションの歴史小説や歴史映画だ。映画『731』はその作法からさほど外れていないのではと広中准教授は見ている。

愛国心をフックに作ったエンタメ作品

「史実をモチーフにしつつも、正確性よりもホラーやショッキングな描写に偏っている印象です。従来の主旋律映画(中国共産党お墨付きの国策映画)は中国公定の歴史認識から外れることが許されず厳粛な空気を漂わせていますが、『731』はまったく異なり、『愛国心をフックに作ったエンタメ作品』だと感じました」(同前)

 と、真面目な抗日戦争映画を期待していた観客からは総スカンを食らっている『731』だが、視点を変えてみると痛快な逆転劇とも読み取れるのではないか。本来ならば中国共産党から公開許可を得られなかったような作品がネット世論の期待を武器に公開にこぎつけた。そして、低予算で作ったカルト映画を興行収入300億円の大ヒット作品にしたてあげたのだから。

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