艦内での取材がスタート
そんな訳で、朝日新聞の記者と2人、清潔で快適な士官寝室1部屋をあてがわれ、艦隊勤務は始まった。ただし、軍艦なので窓は一切ないうえに、艦内の機材のためガンガンに冷房が効かされ、寒いくらいである。
カメラやレンズを甲板に持ち出すと、外気とのあまりの気温湿度の差から結露するため、前夜には甲板近くの通路に放置しておかなければならない。それでも寝室と現場までの距離がほぼゼロ、極めて便利な職場環境であった。
不肖・宮嶋は33年前、自衛隊初のPKO(国連平和維持活動)となったカンボジア派遣の際に、わずか2000トンの平底輸送艦「みうら」に同乗したが、その約10倍の排水量である「かが」は航空機発着艦という特性もあり、揺れも極めて少ない。洋上に出ても船酔いの心配は全くなく、寝室の寒さ以外は極めて快適であった。
各幕僚らとの規則正しい食事
艦内生活は0555(まるごうごうご)時の「総員起こし5分前」の艦内放送で始まる。
我々4人のメディアの食事は朝食は0600(まるろくまるまる)時、昼食は1110(ひとひとひとまる)時、夕食は1710(ひとななひとまる)時から、士官室で「かが」艦長竹内周作1等海佐や、本共同訓練と我ら艦隊の総指揮を執られる第2護衛隊群司令江畑泰孝海将補他、各幕僚らとともに摂る。士官室で幕僚らとの食事のため水兵さんの給仕もつく。
近年、航海中の飲酒が一切禁止された艦内生活では、食事が数少ない楽しみである。不肖・宮嶋の普段の食生活よりはるかに規則正しく、栄養バランスもとれた美味しい食事であった。
どれも美味しい食事だが…
「金曜カレー」はもちろん、特に舌に残った味は、牛もつ入りの味噌汁とマグロ漬け丼であった。そのまま晩酌といきたいが、航海中の艦内で飲酒はできない。
錨を降ろし、停泊や入港をすれば、艦長の許可を得て飲酒できるが、基本的に艦内は飲酒厳禁である。
どうしても飲みたくなる不肖・宮嶋のような呑み助は、艦内2カ所にある自販機で角ハイボール味やレモンサワー味のノンアルコール飲料、ノンアルビールを調達して、それで「酔う」しかない。だが、それも出航してすぐ売り切れる。
30年前、同じく海上自衛隊の砕氷艦初代「しらせ」で、南極昭和基地までの5カ月間にも及ぶ航海に同乗した時とは大違いである。日没後は毎晩のように艦内いたるところで宴会が開催され、氷山を肴に鍋をつつき、晩酌に舌つづみを打ったものだが、いつのころか航海中の艦内禁酒は一切禁止となり、それは厳格に守られている。
昔は艦橋でもタバコが吸えたが…
さらにこのご時勢、喫煙は艦内2カ所の決められた場所だけである。
かつては艦橋でも灰皿を置き、艦長はふんぞり返って煙を吐いていたものだが、愛煙家である「かが」艦長の竹内1佐といえども、いちいち艦長室から狭いラッタルを駆けのぼり、喫煙所に向かうしかないのである。
禁止事項はまだある。出航後は外部への通信も一切禁止になる。ミリタリー・オペレーション(軍事作戦)の一環として仕方ない……というより、洋上に出ると、ネットも携帯電話の電波も一切届かないのである。
衛星端末を持参してきても、通信には艦長の特別な許可が必要となる。このあたりが現代の若者にはつらいところであるらしい。







