何とかクマを倒してその上に乗ると、右肘をクマの喉元に押し当て、グッと力の限り圧迫した。

幾度かその攻撃を続けているうちに、呼吸の自由を奪われたクマは泡を吹いて痙攣を始めた。この時点で越中谷さんは死闘の終わりが近いことを感じた。

初めて、腰のナタを意識する。とどめはナタで――。

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だが、そのナタが鞘から抜かれることはなかった。

苦闘するクマがばたつかせた脚の爪がリュックに引っかかり、越中谷さんの体勢が崩れたのだ。隙を突いて逃れたクマは、今度こそ背を向け、沢の脇の藪の方へと姿をくらましたのである。

時間にして、およそ20分にも及ぶクマとの戦いだった。

また戻ってくるかもしれないとの緊張感から、越中谷さんはナタを握って身構えたが、ついにクマが現れることはなかった。

風来堂(ふうらいどう)
編集プロダクション
編集プロダクション。国内外問わず、旅、歴史、アウトドア、サブカルチャーなど、幅広いジャンル&テーマで取材・執筆・編集制作を行っている。バスや鉄道、航空機など、交通関連のライター・編集者とのつながりも深い。編集担当本は、『秘境路線バスをゆく 1~8』『“軍事遺産”をゆく』(イカロス出版)、『ダークツーリズム入門』『図解 「地形」と「戦術」で見る日本の城』『カラーでよみがえる軍艦島』(イースト・プレス)、『ニッポン秘境路線バスの旅』(交通新聞社)、『2022年の連合赤軍 50年後に語られた「それぞれの真実」』(深笛義也著、清談社Publico)、『日本クマ事件簿』『クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)など。代表の今田壮(筆名:今泉慎一)の著作に『おもしろ探訪 日本の城』(扶桑社)、『戦う山城50』(イースト・プレス)がある。
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