この日も、時期的に禁漁期間だったが、70代の叔父を連れ、その沢を見てみようと訪れたのである。
林道を進み、立石沢と北ノ沢の合流地点に愛車パジェロを停め、沢沿いに歩くこと1時間半。“秘密の沢”は途中に滝が3つあり、アルミのはしごをかけて上る。
その沢の両脇は切り立った岩場で、道中の大部分は見通しがよくない。越中谷さんはクマと遭遇しないようときどき、爆竹を鳴らしてゆっくりと進んでいた。高齢の叔父にはマイペースでついて来るよう伝えてあり、30メートルほど後方を歩いている。
3つ目の滝を越え、見通しのいい地点までやって来た。そのときだ。50メートルほど前方の岩場に、何かがいる。その何かは岩の上を跳び、明らかに越中谷さんめがけて走ってきていた。
「素早いので、最初にみたときはイヌかなと思ったんです。だけど、こんなところにイヌがいるわけがない。カモシカにしては色が黒い。と、黒い体の胸のところに、白いマークが見えるわけです」
白いマークとは、あの三日月形。
クマだと分かった越中谷さんは、気づかず後ろから歩いてくる叔父に、叫んでクマの存在を伝えた。
左拳がクマの鼻に炸裂
躊躇なく一直線に迫るクマへの対応を考えている暇はなかった。
クマは見るからに、越中谷さんを襲撃しようとやる気満々で2~3メートル先まで近づいてくると、飛びかかってきたのだ。
越中谷さんが咄嗟に繰り出した前蹴りが当たり、クマは尻餅をついた。だが一向に怯まない。
体勢を立て直しながら越中谷さんの右腕に噛みつき、力任せに引き千切ろうと首を振った。噛まれたのは手首と肘の間。クマの凄まじい力では千切られるのは時間の問題だ。越中谷さんは無我夢中で左のパンチを見舞った。
ちなみに、越中谷さんにはクマと遭遇時の対策心得はない。格闘技の経験ももっていない。
ただ、趣味の一環でボクシングジムに入門した際に、そのパンチ力の強さから「いずれ拳を壊す」とトレーナーに言われ、商売道具のはさみが握れなくなっては困ると、辞めた経験がある。