このとき、越中谷さんの妻は長女を身ごもっていた。生きるためには戦うしかない。
降りぬいた左腕の拳が、クマの鼻にクリーンヒットしたのは運が良かった。鼻は見るからに異様な方向へと曲がり、大量の鼻血を流したクマは、噛んでいた腕を離した。
クマの左眼球をえぐり
ここから、越中谷さんとクマの命がけの戦いが始まる。
「クマは立ち上がって、すごい量の鼻血を流しながら唸り声を上げるんです。私の腕からも出血があったと思いますが、確認する余裕はなかった。とにかくクマに近寄られないよう蹴る。近寄られるのは嫌でした」
だがクマの動きが速い。
再び右腕をかまれ、またもや引き千切られそうになってしまった。何とかクマを引き離したい一心の越中谷さんは、自由な左手をクマの顔に伸ばす。指がかかったのが、クマの左目だった。
なりふり構わず眼球をえぐるように親指を押し込んだ。親指がズンと目の奥に入る感覚があった。
この攻撃が効果的で、左目はえぐれ、眼球が飛び出した。噛みつきから二度目の回避に成功したのだが、なおもクマは執拗に越中谷さんを襲ってくる。今度は、股関節のあたりに馬乗りになってきた。
脚の爪が食い込んでいる状態だ。のしかかられた越中谷さんの脳裏に「横から爪がバシッとくるんだろうな」と次なる攻撃のイメージが浮かぶ。だがどんな攻撃かが明確な分、やるべきことも明確だった。
クマの左前脚を、左腕でがっしりと掴んだのだ。両者の左腕がクマと越中谷さんの間で交差するようにつながる。
返し技で、マウントポジションを取り返すと
「これでクマは右からしか攻撃ができない。どこから攻撃が来るのかだけは分かるようになった。クマパンチと言えばいいんでしょうかね。襲われたらだいたいソレで、顎や顔を裂かれるのでしょうけれど、来る方向が読めるから、案の定、一発目を右手で受け止められました」
その後、クマは越中谷さんの腕を振り払い、馬乗り状態からの前脚の一撃を見舞ってくるのだが、なんと越中谷さんはその攻撃を避けている。クマの鼻血がぽたぽたと落ちてくる中、奇跡的に致命傷を受けず、かすり傷程度でやり過ごしたのだ。