「どうやら僕は世間でミステリ作家と見なされていないっぽいのが前から悔しくて(笑)。ミステリファンをあっと驚かせる小説を書こうと思ったんです」
と語る伊坂幸太郎さんが満を持して送り出す『さよならジャバウォック』。『鏡の国のアリス』に登場する謎の獣ジャバウォックをモチーフに、2つのパートが交錯する長編小説だ。
「本格ミステリを書くつもりが、自分がワクワクできる要素を詰め込んでいたら違うものになっちゃったんですよね。自分がこれまで意外と書いていないサスペンスにも興味があって。妻が自宅で夫を殺してしまい――といういかにもサスペンスな場面から始めてみました。といっても、そこから予想されるのとは全然違う方向に話は転がるんですけどね」
DVを受けて思わず夫を殺害してしまった量子が途方に暮れていると、訪ねて来た大学の後輩・凍朗(こごろう)が死体の隠蔽を提案する。量子は幼い息子のことを思ってそれに同意するが……。
もう1つのパートは、失言にバッシングを受けて歌うのを止めてしまった老ミュージシャン・北斎と、彼の付き人・斗真の物語。斗真たちが、害虫駆除業者の2人組にある依頼を持ちかけるところから幕を開ける。
「自分が好きなもの、ということで音楽も取り込もうと考えていたら、映画『ラブ・アクチュアリー』に出てくる元ロック歌手とマネージャーの組み合わせを思い出して。若い斗真が、ただの良き理解者でなく、北斎を誹謗中傷した加害者でもあったら、面白い関係性になるんじゃないかと」
もとはといえば匿名の加害者だった斗真に、マネージャー就任を願ったのは、北斎の亡くなった妻だった。敬慕と罪悪感を抱きながら北斎に寄り添う斗真の姿はSNS時代のファン心理をリアルに映し出す。
夫を殺してしまったという非日常から、我が子の元へ戻ろうと足掻く量子。活動再開するも、音楽を通じてとんでもない事件に巻き込まれていく北斎と斗真。2つの物語は、亀や大男といった奇妙な接点により次第に結び合わされていく。
「最初は全く無関係に、パラレルに進んでいったので、彼らがいずれどこかで出会うのかどうかも分からず、自分でも『この先、どうなるんだろう』と思いながら書いていました。ただ、ラストの大仕掛けだけは思いついていたので、これが最大効果を発揮するにはどうすれば良いか、読者を一番驚かせる方法をひたすら模索する感じで」
登場人物たちがラストに辿り着いた時、ある一言によって読者が見てきた風景がガラリと変わる。綾辻行人氏が本書に寄せたコメント通り“この物語の正体”が現れる瞬間は圧倒的だ。
「島田荘司さんや綾辻行人さんに代表される本格ミステリの、最大の魅力は“驚き”の切れ味ですよね。真相が明かされた瞬間、雷に打たれるようにすべてが解る。僕はそういう小説を夢中で読んできたので、自分の小説も“驚き”がなければ書く意味がないと思ってしまうんです」
本作の結びには、長年の読者へのメッセージとも取れる一文がある。
「意図して書いたものなのか、書いてみたらそうだったのか、明言は避けたいんですけど(笑)、ずっと僕の小説を読んでくれていた方が、どう受け止めてくれるのかは気になります」
来年は小誌の、人気作家による掌編競作〈5分の迷宮〉に、初期の代表作『死神の精度』の死神シリーズ新作で登場予定! 25周年を迎えた伊坂ワールドからますます目が離せない。
いさかこうたろう/1971年、千葉県生まれ。2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。08年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞、20年『逆ソクラテス』で柴田錬三郎賞を受賞。
