末梢神経が糖分に侵され、感覚がない
60代の男性Hさんは、健康診断で血糖値が高かったにもかかわらず、これもまた長年にわたり放置し続け、私の医院を訪れたときには「足が真っ黒になっている」と訴えていました。見ると、明らかに腐っている。しかし、Hさん本人は痛みがないので、色が変わるまでは無自覚でした。末梢神経が糖分に侵され、感覚がなくなっていたのです。すぐに大きな病院を紹介しましたが、そこでは、このまま放置すると命に関わるという判断から、足を切断することになりました。
これらのエピソードは決して珍しくありません。初期の糖尿病は自覚症状がなく、「サイレントキラー」とも呼ばれています。だからこそ、健康診断の血液検査の数値を逐一、チェックすることが重要なのです。
「『高血糖』の状態が続くと体に良くない」と言われれば、「そりゃ、そうだろう」と思われるかもしれませんが、では、なぜ良くないのか、具体的な理由までは説明できない方が多いと思います。「なぜ糖尿病は『全身病』とまで言われるのか」という理由についても、なかなか説明が難しいと思います。
まずは、この辺りの事情を少し掘り下げて解説したいと思います。
私たちの体にとって、糖分(ブドウ糖)は重要なエネルギー源です。食事から摂取された糖分は血液によって全身の細胞に運ばれ、生命活動を支えています。しかし、何らかの原因で血液中の糖分が過剰になり、その状態が慢性的に続くと、大切なエネルギー源であるはずの糖分は、反対に体を蝕む「毒」としての側面を見せ始めるのです。
心筋梗塞や脳梗塞など命に関わる病気のリスクが高まる
持続的な高血糖が引き起こす最大の問題は「血管へのダメージ」です。
血液中に余計な糖分が多いと、血管の内壁を構成するタンパク質と結びつき、「糖化反応」という現象を引き起こします。この糖化反応によって、血管は弾力性を失い、硬く脆くなり、動脈硬化が進んでしまうのです。
当然ながら太い血管で動脈硬化が進めば、心筋梗塞や脳梗塞など命に関わる病気のリスクが高まります。
高血糖の影響は、毛細血管のような細い血管にも及びます。毛細血管が密集している腎臓や網膜、末梢神経はダメージを受けやすく、いずれは糖尿病の三大合併症と言われる「糖尿病性腎症」「糖尿病網膜症」「糖尿病神経障害」になってしまうのです。
・糖尿病性腎症:腎臓のフィルター機能が損なわれ、進行すると人工透析が必要に。
・糖尿病網膜症:網膜の血管がダメージを受け、視力低下や失明に至る可能性がある。
・糖尿病神経障害:手足の先にピリピリとした痛みや痺れが現れ、感覚が鈍くなる。重症化すると足の壊疽を引き起こし、切断に至るケースもある。
これら三大合併症以外にも、持続的な高血糖の状態は、免疫機能の低下を招き、感染症にかかりやすくなったり、傷が治りにくくなったりします。また、歯周病を悪化させることも知られています。
血液は全身を巡っているため、持続的な高血糖は、いわば全身の細胞や組織が常に過剰な糖分に晒されている状態を意味します。だからこそ、糖尿病は「全身病」と呼ばれるのです。

