こだわりの多い作家との生活

 使っていた枕は今もとってあるが、けんけん用に買ったもので、そば殻が入っている。首と肩は常に、腰と並ぶ懸念事項で、寝違えたりするので枕には煩かったのだ。「やっぱ、そば殻がいいな」と言っていたが、このそば殻枕の前に買ってみたやつもあって、こちらには薄緑のプラスチックのストローを小口切りにしたチップが詰めてあったが、この量を調整するのを二人でやった時は、確かけんけんが枕の口を広げ、私がそこにシャラシャラとチップを流し込んだのだったか、いずれにせよちょっとした、息を合わせての共同作業となり、1粒も溢さず流し込み終えた時に、なんか幸せ……と思ったものだ。

 シーツはうちでずっと使っていた水色のタオル地に大きな花柄のやつがお気に入りで、これがボロボロの穴だらけになってしまい、替えにもう1枚新しいのを探したが、タオル地のがなかなか見付からず、随分難儀して買った。白いブロード地のやつも使っていてこれは残してあるが、枕元の向かって右側に、清書用のペンで作った染みがある。

 目覚めると、この部屋から声が掛かるので、銘々盆に冷えたお水と朝食代わりのトマトジュース( 伊藤園だったかカゴメだったか忘れてしまった)、クリープと何だったかダイエット用の甘味料を入れたインスタントコーヒーを載せて、枕元へ運んでやる。

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画像はイメージ ©moonmoon/イメージマート

 そうすると、布団の中で腹這って煙草を吸いながら、1時間かそこいらはそうして何やら色々考えを巡らせて過ごし(この間に私は前の晩の晩酌の後片付けをする)、それからシャワーを浴びて(この間に私はけんけんの布団をあげて掃除機をかけて、布団を干すか敷きなおす)、ちょっと仕事をし(この間に私はリビングに掃除機をかけて、けんけんのバスタオルやシーツを放り込んで洗濯機を回す)、それから、サウナへ送ってゆく。部屋へ戻った私は、洗濯物を干す。

 このサウナはコロナ禍に閉店したどころか、更地にまでなってしまったものだが、1時間ほどして指定された時間に迎えにゆき、その足でドラッグストアやスーパーへと買い出しにゆくのである。

 潔癖症のけんけんの手は、洗いすぎで油分が抜けて、カッサカサだった。サウナも含め、日に少なくとも3回はシャワーか入浴をするので踵のほうはもっと酷くて、ちょっと見たことのないような踵だった。

 ガッサガサにひび割れて5ミリぐらいの深さはあり、冬場は罅の底に細く血が滲んでいることもあったし、お気に入りの水色のタオル地のシーツをほつれさせ、穴を開けてボロボロにしたのはこの踵で、だから、ふやかしておいて軽石で洗ってあげるよ? と一度、提案してみたことがあるのだが、却下された。綺麗に角質を削ってしっかりクリームを塗り込んでやったらきっとよくなるのに、と残念だった。

 亡くなった時には、ああ、あの踵を編集者さん達に見られてしまうんだなァ、とけんけんの尊厳が冒されてしまうような気がして他の人に見せないでやりたいとも思ったものだが、その裸足でフローリングを歩けば、これは、微かに室内犬のような音がした。

 仕事が終わって部屋から出てチャチャチャッと廊下をやって来ると、リビングで腰かけてひとしきり機嫌よく喋り、その後、椅子の横の床に正座をした私が、乾いた鏡餅のような踵に引っかけないよう慎重に靴下を履かせてやって、一緒に出掛けた。