「誰も書いていないものを書く」歴史作家の使命

――小説の題材探しについて、安部さんの場合、たとえば長谷川等伯の生涯を描いた『等伯』の場合は、どのように見つけてこられたのでしょうか。

安部:最初は戦国時代の画家の作品に、ラピスラズリなど海外貿易でしか手に入らない絵の具が使われていることに注目して、画家の話を書くことで、日本の歴史が世界とつながっていることを証明しようと思ったんです。戦国時代の画家といえば狩野永徳が有名ですが、彼は狩野派の四代目として早くから英才教育を受け、10歳で当時の将軍・足利義輝にも拝謁している。そんなエリートにはあまり共感が持てなくて(笑)。

 それで誰を書こうかと調べていくうちに、長谷川等伯に出会いました。画集を見て素晴らしいと思った以上に、彼が辿った苦難の人生、50歳を過ぎてから世間に認められるというところに、田舎出身の自分を重ね合わせて書けると感じました。そして東京国立博物館で「松林図屏風」を見て、しばらく動けないぐらい感動して、「なぜ等伯がこれを描けたのか」という物語を書こうと思ったんです。

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安部龍太郎『等伯』(文春文庫)

――住田さんは、今後どのような作品を構想されていますか。

住田:せっかく書くなら、誰も書いたことがないものを書きたい、という思いは大事にしていきたいです。今はキリスト教の「聖遺物」に興味があって、「聖遺物を聖遺物たらしめるもの」にすごく興味があります。

安部:ああ、ポルトガルなんかに行くと、教会に「これがザビエルの大腿骨です」とかありますよね。かつては「聖遺物」にあやかろうと、殉教者の血を求めて人々が集まってきたそうです。

住田:まさにそういう人々が出てくる予定です。

安部:誰も書いたことがないものを書きたいというのは、僕も今でも同じ気持ちですね。11月20日に『ふたりの祖国』という新刊が出ますが、主人公のひとりはイェール大学の教授になった朝河貫一。もう一方は戦前のジャーナリズムの大立者で、日本を戦争に向けて引っ張っていった徳富蘇峰です。このふたりは古い付き合いで、手紙のやり取りもしていた。アメリカにいる朝河は、日本が帝国主義的な道を行ったら破滅する、と早い時期から警告していました。戦争を止めようとした人と、戦争に引っ張っていった人、そのふたりの目を通して、日本がなぜ破滅的な過ちを犯してしまったのかを、炙り出すことが最大のテーマです。

安部龍太郎『ふたりの祖国』(潮出版)

――最後に、安部さんから住田さんへ、メッセージをお願いします。

安部『白鷺立つ』は、本当に神様が応援して書かせてくれた作品だと僕は思うんです。これだけの力量があればすごい。ただ、これと同じレベルのものを意識して書けるようになるまでには、まだまだ5、6年はかかると思います。

住田:きっとそうなんだろうなと。バットをめちゃくちゃに振り回していたらたまたまホームランになったみたいな感覚がどうしてもあるので(笑)。

安部:次の世代を担ってくれる歴史小説家が育ってくれるのは、日本の平和と安全を守るためにも必要なんです。小説を通して過去の歴史をどう見るか、新しい見方や深い見方を示すことで、表層的になりがちな現代に、深く立ち止まって考える機会を与えてくれる。そういうハイリスク・ローリターンの世界で頑張って、新しい世界観を提示してもらうのは、非常に大事なことだと思います。お互い、全力を尽くしていきましょう。

ふたりの祖国

安部 龍太郎

潮出版社

2025年11月20日 発売

最初から記事を読む 神様が背中を押してくれた…千日回峰行と天皇家の秘密を描く新人作家の鮮烈デビュー作『白鷺立つ』