1987年11月29日、大韓航空858便が海上で爆発、乗客・乗員115人全員が犠牲となった。この爆弾テロの実行犯の一人である金賢姫(キム・ヒョンヒ、当時25歳)は逮捕されたのち死刑判決を受けるも特赦により釈放。そして、金賢姫は、逮捕時に自らを取り調べた捜査官と結婚に至る。

 国家に翻弄された「禁断の恋」を、金賢姫が赤裸々に明かした「文藝春秋」2023年7月号の記事を一部紹介します。(聞き手 谷上栄一・ノンフィクション作家)。

◆◆◆

ADVERTISEMENT

「拷問されると覚悟していたのですが…」

 ――これまで匿名にしてきたご主人(※2021年に死去)の名前を教えていただけますか。

  鄭炳久(チョンビョング)です。彼は私が国家安全企画部の地下室に連行され、取り調べを受けた時の捜査官の一人です。当時、彼は29歳で、韓国に潜伏する北朝鮮の工作員を摘発する担当をしていました。まだ若かったので、私が自殺を図らないよう24時間監視したり、先輩捜査官が尋問する様子を記録する係をしていました。

大韓航空機爆破事件の実行犯である金賢姫は、死刑判決を受けるも特赦により釈放。その後、自らを取り調べた捜査官と結婚していた(写真は1991年に撮影) ©文藝春秋

 私は取り調べで、必死に中国人に成りすまそうとしました。一番心配していたのは寝言です。朝鮮語をしゃべってしまい、北朝鮮の工作員だとバレるんじゃないか、と。その様子も、旦那さんは監視していました。そうするうちに、旦那さんは誰よりも「北朝鮮工作員金賢姫」に詳しい人になっていきます。

 私は拷問されると覚悟していたのですが、みんなに親切にされて戸惑いました。嘘をつき続けるのは苦しかったです。

 捜査官たちはそんな私を、ソウルの繁華街の明洞に連れだしました。北朝鮮では、南はアメリカの傀儡政権のせいで人民は非常に貧しいと教えられます。しかし、街には物があふれ、人々は活気に満ちていました。私は南の豊かさに愕然とし、教え込まれたのは嘘だったと悟ります。私がやったことは祖国統一の助けになるどころか、罪なき人びとの命を犠牲にしてしまっただけなのだ、と。そして、真実を語る決心をしたのです。