──創作のアイデアは、どのようなところから得ていたのでしょうか?

藤 自宅にいる時は、ペンとメモ帳を持っていて、何か思いつくと書き留めていました。先生の趣味は映画ですが、そこからもヒントを得ていたんじゃないでしょうか。洋画も邦画も、時代劇も現代劇も、北欧のサスペンスやSFなども、よくご覧になっていました。

──好き嫌いはなかったんですか?

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藤 私が「つまらないからもう私は観ない」と言っても、先生は黙って観ているんです。「よくそんなつまんないの観ますね」って言うと、「何がつまらないか、観てるんだよ」と。つまらないなりに、その理由をちゃんと考えていたようです。私たち凡人とは、もう見方が全然違いましたね。

──さいとう先生の言葉で、印象に残っているものはありますか?

藤 たくさんあります。お好きだった言葉は「原点」です。「原点に帰れ。自分の頭で考えろ」とよく言っていました。それから、「すべて借り物なんだ」とも。この肉体でさえ自分のものじゃないんだ、と。亡くなられた後になって、あの時おっしゃっていたのは、このことだったんだなと、頷けることがたくさんあります。

──さいとう先生の印象的なエピソードなどあれば、教えてください。

藤 晩年、先生は耳が悪かったので、補聴器を使っていたんです。すると、テレビでも音楽番組は高音部がうるさいらしくて、観ないんです。ところが、ある時、コンサート番組を熱心に観てたんですね。珍しいな、と思っていると、「ミュージシャンはいいな。会場でファンと一体感があって、共感できる」と言うんです。漫画家の場合、いくら何百万部も売っても、読者の顔が見えませんから。

──なるほど。読者ファーストがモットーのさいとう先生らしいエピソードですね。

藤 先生のお言葉で、当社が今でも大切にしている教えは、「花火を見る時に、一緒に花火を見ていてはだめだ。花火を見ている観客の顔を見ろ」。つまり、花火職人に例えるならば、花火を見ている観客の反応や表情に注意を払いなさいという事ですね。「自分が花火になって舞い上がるな。読者を意識してしっかりした作品作りをしろ」とのお教えです。

──『鬼平犯科帳』はさいとう・プロにとって、どのような位置づけなのでしょうか?

藤 時代劇がお好きな先生がとても大切に思い、丁寧に制作されていた作品です。『鬼平犯科帳』の劇画が雑誌に連載されてから今年で32周年となりました。『ゴルゴ13』同様長きに渡り読者の皆様に愛され継続させて頂ければ嬉しいです。

仕事机もそのまま保存されている

一本の線へのこだわり

──制作環境も、先生の時代から大きく変わってきています。

藤 ペーパーから電子へ、Gペンからタブレットへと、今は過渡期です。タブレットは描き直しが何回でもできるから、一発勝負だった頃に比べて技術が上がらないんじゃないか、という話を聞いたことがあります。先生は「一本の線」にものすごくこだわっていましたから、その迫力ある線が、もう出てこないのかな、と思うと少し寂しいですね……。

──さいとう先生は、AIの登場なども予見されていたそうですね。

藤 亡くなる前に「パンドラの箱は、今はAIだね」と懸念していました。「そのうちに脚本なんて、箱の中にピッと入れれば、いいのがパッと出てくるよ」なんて、今でいうChatGPTのようなことをずっと前から話されていました。

──最後に、今後のさいとう・プロについてお聞かせください。

藤 先生の考えを、私がスタッフに伝えるよりも、皆さんが先生の作品に触れるたびに、自分たちで感じ取っていくものだと思っています。今、チーフを務めてくれているふじわら・よしひでさんが、先生のやり方やルールを引き継いでくれています。先生もふじわらさんのことを高く評価していました。これからは「ふじわら流の鬼平」になっていく。私はそれでいいと思っています。読者の方たちも、だんだんとそれに馴染んでいってくださると信じております。

 

齊藤輝子(さいとう・てるこ)

1948年、岩手県出身。教員やカラーコーディネーターを経てさいとう・たかを氏と知り合い、結婚。公私ともにパートナーとして支える。2021年のさいとう氏の死去後、さいとう・プロダクション代表取締役社長に就任。

コミック 鬼平犯科帳126

さいとう・たかを ,池波 正太郎

文藝春秋

2025年12月16日 発売

コミック 鬼平犯科帳125

さいとう・たかを ,池波 正太郎

文藝春秋

2025年8月21日 発売

 
次の記事に続く 「幕府転覆のためには…」江戸城のカネを狙う“忍び盗賊”をあやつる《黒幕》の意外な正体