心機一転、スタートさせた“俳優としての第2章”
『First Love 初恋』で一区切りをつけたあとで撮影に入った映画『ラストスマイル』(2024年)では、まさにそれまでとはまったく違った視点を持った役に挑むことになる。同作で彼女が演じたのは、世界規模のショッピングサイトの物流倉庫へ、アメリカの本社からセンター長として送り込まれた主人公・舟渡エレナだ。
「個人的な、ミクロな感情にフォーカスを当てるのが得意」という満島にとって、何事もマクロな視点で捉えるエレナは想像しがたく、それまで演じたことのない人物だった。監督の塚原あゆ子や脚本の野木亜紀子からは、この役は満島が演じると決めた上での当て書きだと言われたが、当人は「こんなに自分に遠い当て書きはない!」と途方に暮れる。悩んだ末に彼女がとったのは、一人で熱海へ出かけ、温泉に浸かりながら脚本を読むということだった。
《それぐらい突飛なことをして、普段の生活から距離を置いて頭の回路を変えれば変わるかなって思ったら、実際に見えた気がして。みんなが一週間の出来事について話すとき、エレナは一年の出来事の話をするし、みんなが半径50m圏内の話をするとき、エレナは海を越えた先までの話をする。彼女を高層ビルの最上階に住んでいる人に例えると見えてきて、初めて演じてみようと思いました》(『with』前掲号)
『ラストスマイル』の塚原監督は、演技をしているときの満島にアスリートにも近い印象を抱いたと語る。《自分の身体を正しく認識している人って、そう多くはないと思うんですよ。なにか体に痛みを自覚したときにはすでに重症、ってことも多い。だけど満島さんは、自分の体のこわばりをいちはやく察知するから、いつでもゆるめた状態で現場に臨むことができるし、そのわずかな緩急を使って芝居をすることもできる》というのだ(『with』前掲号)。子供のころは運動が苦手だった彼女が、いつのまにかアスリートのような身体感覚を体得していたというのが面白い。
満島で特筆すべきは身体ばかりでなく、ここまで引用してきた発言からもあきらかなように、自らの経験を自分の言葉で筋道立てて説明ができるということだ。後輩への指導を頼まれるのもうなずける。これは幼い頃から続けてきた読書と、演じる役に対して腑に落ちるまでとことん向き合ってきた賜物なのだろう。
「今、意識的に冒険をしてます」
《今、脇役をやるのが学びが多くて、意識的に冒険をしてます。主役を輝かせる立場に立つことが、主役をやったからこそすごく楽しくて》とは、彼女が35歳のときの発言だが(『週刊朝日』前掲号)、先週末(11月28日)に公開されたばかりの映画『兄を持ち運べるサイズに』でも脇役で、柴咲コウ演じる主人公の元兄嫁という役どころだ。物語は、主人公がしばらく疎遠だった兄(オダギリジョー)が急死したのを受け、元兄嫁とその娘と一緒に遺体を引き取り、数日をすごすなかで展開される。そこで元兄嫁が離婚時に夫に引き取られた小学生の息子と久々に再会し、向き合おうとする心の機微を、満島は丁寧に表現している。
30代の終わりに満島ひかりが心機一転、スタートさせた俳優としての第2章は、40代に入ってどんな展開を見せるのだろうか。


