賞の創設とともに審査委員長に、『週刊朝日』編集長などを務めたジャーナリストの扇谷正造氏(1913~1992)が就いた。数々の名物企画で週刊誌ジャーナリズムを開拓した戦後を代表する編集者であり、社会時評でも活躍したマスコミ界の重鎮であった。この人選からも、言葉をもって時代を映し出し、後世に伝えていこうという主催者側の志がうかがえる。ちなみに審査委員長は1992年の扇谷氏の没後、評論家の草柳大蔵(1924~2002)、作家の藤本義一(1933~2012)の各氏へと引き継がれたが、現在は空席となっている。

初代審査委員長の扇谷正造氏 ©文藝春秋

第1回の受賞作は…

 第1回では新語部門と流行語部門の金賞にそれぞれ「オシンドローム」、「まる金・まるビ(※正しい表記では「金」「ビ」を丸で囲う)」が選ばれた。

「オシンドローム」は1984年3月まで1年間放送されたNHKの連続テレビ小説『おしん』にちなんだ造語だ。受賞者に選ばれた米『TIME』誌のフリー記者は、このドラマのヒロイン・おしんが幾多の苦労に耐え続ける姿が、戦後豊かさを手に入れた日本人の琴線に触れ、共感の嵐が巻き起こった状況を、全国民の感情が同一にシンドローム化しているとして、同誌で「オシンドローム」と表現した。シンドローム自体が当時の流行語であり、「症候群」と訳されるとおり本来は医学用語だが、転じて、ある事物から生じた一群の現象や問題などを示す言葉として広い領域で用いられた(たとえば、現代男性が大人になることを拒み、現実逃避する傾向を指す「ピーターパン・シンドローム」など)。

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「まる金・まるビ」は「金持ち」と「貧乏人」を略したもので、イラストレーターの渡辺和博氏とタラコプロダクションによるベストセラー『金魂巻(きんこんかん)』が発信源である。同書では、職業ごとに「まる金」と「まるビ」に分類し、それぞれの持ち物やライフスタイルの違いを戯画化してみせた。一億総中流などと言われていた時代だからこそ、笑いとして通用したともいえる。

1984年にベストセラーとなった『金魂巻』の文庫版(主婦と生活社、2010年)

 著者のうち渡辺氏は、アメリカ旅行中のため授賞式を欠席、受賞の辞を《子供のころ、はやり言葉を学校やウチで使ったら、先生や親に、はしたない、としかられたものです。その自分の流行語がいま受賞するのは不思議な気がしますねえ》とテープに録音して寄せた(東京新聞編集局『今どきの若いもの・考』中央公論社、1985年)。授賞式には、共著者のタラコプロダクションを代表してコラムニストの神足裕司氏(のち2000~10年にはこの賞の審査員も務めた)が出席している。

始まった頃の授賞式は取材も少なく注目度も低かった 

 いまでこそ授賞式の会場には取材メディアが多数集まるが、神足氏が後年振り返ったところでは、《そのときは、スポーツ新聞が取材に来ただけで、いまみたいなカメラの砲列はなかった》というから(『現代用語の基礎知識2014』別冊付録「流行語大賞30周年 受賞語で振り返る30年の世相と日本人」自由国民社、2013年)、その始まりはささやかなものだったようだ。

 それが一躍注目される契機となったのは、1985年の第2回で起こった、ある受賞語をめぐるちょっとした騒動だった。(つづく)

次の記事に続く 「無視という形の最大の抗議」ある理由で“選考から外された”言葉とは? 「新語・流行語大賞」をめぐる“騒動”を振り返ると…

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