この映画の作り手たちは恐らくそのことを知っている。知った上で、戦争で妖精たちのジェノサイドを経験したルーイエの悲劇を描き、中国でもアメリカでも日本でもない場所、どこにもない妖精たちの失われた国にあてた手紙を書いているように見える。 この映画の作り手たちにあるのは、半分は生まれ育った中国の文化や人々に対する郷愁や愛国心、そしてもう半分は軍事対立の色が濃くなる情勢への憂国だ。それは宮崎駿や高畑勲が抱えていたものと恐らく同じである。
日本語吹き替え版でルーイエを演じた悠木碧は「原音のルーイエも本当に素敵なので字幕版もぜひ見てほしいですし、どんな方なのか一度お会いしてみたいです」と、雑誌『PASH!』のインタビューに答えている。花澤香菜・宮野真守たち日本の声優と音響監督・岩浪美和がともに繊細な解釈で作り上げた日本語吹き替え版は、この映画に対する世界で一番早い返事の手紙と言えるかもしれない。
もしも日中の声優たちが話せる日が来るなら、優れた才能を持つ者同士は映画と世界について多くのことを話すだろう。『羅小黒戦記』第1作から受けた衝撃への答えとして日本アニメ『ルックバック』を作り上げた井上俊之が「彼らと話す機会があれば聞いてみたい」と語っていたのと同じように。
映画の中でクライマックスの戦いを終えたルーイエが天を見上げながらつぶやく。「おかしなことに、終わってみないと、誰が間違っていたかすらわからない」政治プロパガンダを目的とした映画なら決して使われることのない、世界の複雑さについての言葉だ。物語では人類との共存を目指す妖精会館にも後ろ暗い秘密があることが暗示されて次作へ続く。
彼らはこの物語を明らかに現代の寓話、ハリウッドの『アバター』や『ズートピア』、宮崎駿の『もののけ姫』、そしてアーシュラ・K・ル・グウィンの『ゲド戦記』と並ぶ、彼らの国と時代の隠喩の物語として語ろうとしているように思える。極東アジアに戦争の予測がささやかれる中、「人類と妖精が戦争を始めたら、お前はどっちにつく?」とルーイエはシャオヘイに問う。世界のクリエイターの中でも最も聡明な作家集団であるこの映画の作り手たちであっても、そうなれば愛国心の踏み絵を踏まされ、時代の波に飲み込まれるかもしれない。これはおそらく、そうなる前に書かれた世界への手紙なのだ。
「それは過剰な深読みであり、これは単なるファンタジーだ」という反論はむろんあるだろう。というかその反論の余地なくして中国で表現活動はできない。赤い布で目隠しをして歌う崔健が、この歌は結婚式の歌だ、と言い続けたように。直接彼らに隠喩や寓意の意味を問うのは、おそらくまだ早い。
海の向こう、情報を遮断する金盾と呼ばれるグレートファイアウォールの向こうに、世界に向けて手紙を描くアニメーターたちがいる。前作から数年が経過した今作のパンフレットにも、彼らの生年や性別すら明記されていない。だがもし映画館に足を運べば、あなたは彼らが書いた手紙を読むことができる。
東西の歴史的名作と美しい韻を踏み、緊迫する世界と現代へのメッセージを隠喩に託した手紙。それは日本でも中国でもアメリカでもない場所、世界中のアニメーションが描き続けてきたどこにもない国、未来にしか存在しない国への手紙である。
