「徹底的にマークされる」悪化する中国の言論状況
2019年、前作『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』が公開された時、TBSラジオ『別冊アフター6ジャンクション』の中で、第1作の中国での興行成績が40億円ほどと聞いたアニメーターの井上俊之氏が「もっとヒットするポテンシャルがあると思う」と意外そうに言っていたように、『羅小黒戦記』は(むろん十分な収益をあげてはいるが)中国において必ずしも国民的なナンバーワンヒット作ではない。それは、この作品の脚本が国策や愛国心の熱狂から慎重に距離をおいた「理性と共感の物語」であることも一因なのではないかと思う。
『羅小黒戦記』のスタッフは度々日本アニメへの好意を語る。だが、「彼らは中国の反体制アーティストであり、われわれの仲間なのだ。だって日本のアニメが好きなのだから」などという安易な決めつけをするつもりはない。第一にそれは傲慢だし、第二に日本でそんなことを気楽に言うこと自体が彼らの表現を脅かすかもしれないからだ。
「監視や検閲は隅々にまで及び、5〜6人で社会問題について読書会を組織するだけでも、警察が尋問にやってくる。バーやカフェ、小さな活動拠点で行われるフェミニズム、同性愛、労働問題、貧困問題、環境保護などを扱う活動にも警察は目を光らせており、組織力のある人物は徹底的にマークされる」
東京大学大学院の阿古智子教授は、11月26日の現代ビジネスの記事 でここ数年急激に悪化する中国の言論状況を憂いている。
2024年、ANN系列『テレメンタリー2024』で放送された、中国に移住して20年になる爆風スランプのドラマー・ファンキー末吉氏の音楽活動を追ったドキュメンタリーの中では、末吉氏が、現地の有名ロックミュージシャンから事前に歌詞のレクチャーを受ける場面が放送された。
「(『たとえ国家と国家に問題があったとしても』という歌詞について)政治がらみの言葉は使わない方がいい。理由は、人によっては何かお前の“あら探し”をするからだ。『あれこれ問題だという人もいるけれど』、これで皆どんな意味かわかるでしょ?」
中国のロックミュージシャンは、そう末吉氏にアドバイスをする。当局だけではなく、中国ネットに多く存在する「愛国インフルエンサー」に目をつけられないとも限らないからなのだろう。
『羅小黒戦記』のスタッフたちがいるのは、そういう危うい場所である。そしておそらく、今の日中対立の状況下でそれはさらに危うくなっている。彼らは日本アニメに対する愛情と影響を隠していない。日本では花澤香菜が演じたシャオヘイを演じる原音(原語版)の中国声優山新の名は、「山口勝平と工藤新一」から一文字ずつ取ってオマージュを捧げた芸名なのだという。