東大卒業後、TBSに就職するも2年で退職、その後友人と立ち上げたYouTubeチャンネルが大当たりし、登録者数132万人超えの人気チャンネルYouTuberとなった斉藤正直さん(32)。東大、テレビマン、YouTuberと光輝く看板を次々とかけ替えながら、華やかな道を走り続ける斉藤さんに、3回に渡りインタビュー。

 第1回は「お茶どころ八女市で生まれ、大好きな野球に明け暮れた斉藤少年が、どうやって東大に入ることができたのか?」についてうかがいます。(全3回の1回目/つづきを読む

斉藤正直さん ©︎文藝春秋

お茶どころ八女市出身、高校は九州の有名進学校へ

――斉藤さんは、福岡県八女市ご出身なんですね。どんなご家庭だったのでしょうか。

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斉藤正直さん(以下「斉藤」) 祖父の代からお茶農家です。ずっと農家の家系で、今でも父は八女でお茶を作っています。母は市役所職員で共働き家庭でした。きょうだいは歳の離れた6つ上の兄と、8つ上の姉がいます。僕はちょっと忘れた頃になって生まれたのでびっくりしたって言われてました。

――ご両親は教育熱心だったんですか?

斉藤 どちらかというとそうです。塾に通わせてくれて習い事も多めでしたね。少年野球クラブに入っていたんですが、その前からピアノ、習字は硬筆と毛筆の両方、あとは水泳も。

 小学校の成績は基本的にトップで自信もあったし「面白そうだから」って理由で中学受験をしました。受験直前に個別指導塾にちょっとだけ通わせてもらったんですが、小学校・中学校までは勉強で苦労したことっていうのはあまりなかったですね。

――まず中学は地元の公立へ。

斉藤 はい、兄も通った八女市立西中学校っていうところで、そこから高校は、長崎の進学校の青雲高等学校へ進みました。とにかく野球好きだったので、高校進学の際「野球か、勉学か」と迷った末に、勉学を選んだ形です。

 本当は久留米附設高校っていうホリエモンとか孫正義さんの行った高校に行きたかったんだけど、学力が届かなかった。

――青雲も久留米附設も有名校でラ・サールと合わせて「九州私立の御三家」ですよね。

斉藤 当時はラ・サールと附設が2大巨頭と呼ばれていたんじゃないかな。

©︎文藝春秋

地元のスターはホリエモン

――塾や習い事っていうのは八女市の中で完結できるんですか?

斉藤 基本、習い事は八女周辺、隣の筑後市とか八女市の範囲。自転車で行ける距離でしたね。堀江さんは久留米の進学塾まで、自転車で通っていたそうです。

――ホリエモンこと堀江貴文さんの名がよく出てきますが、地元のスターなんでしょうか?

斉藤 僕が小学生の頃に、ライブドア周りの話題でめちゃくちゃ八女市が盛り上がってたんです。自宅近くのコンビニで、堀江さんのお父さんがインタビュー受けてたりして。地元の人はそんなテレビを見ていたわけですよ。

 堀江さんは、僕の頭の中にも濃く残っている人です。地元が一緒で親近感がありますし、堀江さんの著書に出てくるホシノ先生っていう恩師の先生がいらっしゃるんですけど、その先生の娘さんが、僕の習字の先生だったりして。そういうちょっとした繋がりもあります。

 僕の父も、結構、堀江さんの影響を受けていたんじゃないかな。父が堀江さんの本を僕に渡してきたり。そういう面でも息子の教育に熱心だったところがあるんです。そうやって、上昇志向じゃないけど、いろいろ父に与えてもらっていた気はします。