「小説を書きたいと思っていたわけではありません。でも、5年前に沖縄の首里城を訪れたとき物語が浮かび、頭から離れなくなってしまったんです」
と本書の著者・川越宗一さんは語る。カタログ通販会社に勤める40歳だ。骨太の歴史小説で見事、今年の松本清張賞を射止めた。
物語の舞台は16世紀末から17世紀初頭の東アジア。秀吉の朝鮮出兵から薩摩藩による琉球征服に至る戦さ続きの時代が日本、朝鮮、琉球に生まれた3人の男の視点から描かれる。
薩摩の戦国大名・島津家に仕える大野久高は朝鮮出兵の敗戦をくぐり抜け、琉球征服にも加わる。朝鮮の被差別民「白丁(はくてい)」に生まれた明鍾(めいしょう)は儒学を修め、混乱にまぎれて戸籍を燃やし「両班(貴族)」になりおおせる。民衆を率いて日本軍に抗するが、久高に敗れ捕虜となる。その明鍾を逃がすのが琉球からやってきていた真市(まいち)。祖国では官人だが、激動の国際情勢を掴むため、朝鮮で密偵を働いていた。真市は明鍾を琉球に連れて行き、朝鮮からの漂流民の世話等を手伝わせる。
「難しい現代の東アジアの情勢を投影して読んでくださる方もいるようですが、僕としては読んで楽しいものを書きたい一心でした。ただ、色々な主義主張の人が分かり合えなくても一緒に暮らせる方法はないものかと以前からずっと考えてきたことが、3人の主人公の苦闘に滲み出ているかもしれません」
物語が進むにつれて、日本、朝鮮、そして琉球がそれぞれに尊んできた儒教の教え「礼」とは何かが、主人公たちによって三者三様に問われる。大切な人が次々に殺され、国土は荒れ果てる。そんな相互不信すれすれのところで、勝者と敗者は、「礼」のみをよすがに、共に生きながらえていく。
侵略者であり征服者である久高は、勝ち続けながらも心は虚しさを抱える。対して、収奪され征服される側である明鍾と真市は、絶望的な状況にあってもどこか呑気で、人生を謳歌しているようにさえ見える。終盤、燦々と陽光ふりそそぐ琉球の地で、3人は何度目かの再会を果たす。
「一番描きたかったのは久高の屈託なのですが、僕自身、人生で成功経験が少なく、負けている時に楽しくやり過ごす術に長けているのかもしれません(笑)。カッコ悪い現実の中でも前向きに生きていけるということをこの作品で示せていたら、嬉しいですね」
『天地に燦たり』
島津家家臣・大野久高は儒学を修めることを諦め、人生に倦みながら戦で人を殺し続けている。彼は朝鮮出兵の折、素手で自分に向かってくる青年・明鍾に驚く。明鍾を琉球国へ誘う真市は中国と日本の間での琉球国の在り方を模索していた。重厚かつ躍動的な歴史小説。琉球の市場などの風俗描写や自然描写も鮮やかだ。