『噛み合わない会話と、ある過去について』(辻村深月 著)

 オビに「問答無用の著者最高傑作」と銘打たれた『かがみの孤城』で、2018年本屋大賞を受賞した辻村深月さん。学校生活に悩む子供たちと一緒に、大人の心をも救う同作が“表ベスト”だとしたら、著者の“裏ベスト”はこれかもしれない。受賞後第一作となる短編集『噛みあわない会話と、ある過去について』だ。

「来年でデビュー15年になるんですが、“極北”の本ができたと思っています」

 全4編は、作中の表現を借りれば〈胸に、凍った刃を押し当てられたよう〉な瞬間が主人公の身に訪れる。

ADVERTISEMENT

「私の覚えているこの記憶こそが正しい、と主張する人によってトラブルが起こることって、世の中に結構あるなと思ったんです。でも、人って思い出を主観でしか語れませんよね。自分にとって都合のいい部分だけを切り取って、記憶を改ざんしてしまう」

 それが、過去を共有する相手との会話の中で、暴かれる。美化し、正当化していた思い出が、変貌する。

「一編目の『ナベちゃんのヨメ』を読んだ人から、“どんなホラーよりホラーだった”と言われました(笑)」

 2編目の「パッとしない子」が象徴的だ。美術教師の美穂が勤務する小学校に、国民的アイドルの高輪佑がテレビ番組の収録で訪れる。佑が自分の教え子であることに、自慢する気持ちを抱いていた美穂。だが、久しぶりの再会によって、生き地獄にも似た会話が始まる。

「この短編のタイトルがどうして『パッとしない子』なのか、分かった瞬間に背筋が凍る。その瞬間、それまで見えていた景色がガラッと変わる、というミステリーとしての醍醐味も意識しました」

つじむらみづき/1980年、山梨県生まれ。2004年、『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。2011年に『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、2012年に『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。今春、『かがみの孤城』が2018年本屋大賞に。

 攻(責)める側に視点を置けば、痛快な話になったはずなのだ。作家はそれを知りながら、攻(責)められる側に視点を据えた。

「追い詰められる当事者になる感覚はつらいけど、相手の話を聞くうちに翻弄されて、自分の信じていたものが揺らいでいく。不思議な読み心地があると思うんです。こっちの方が、自分に照らし合わせて読んでもらえるんじゃないかな、と」

 既に予想を上回る熱い反響が集まっている。

「この本を読んで、“自分もこれから気を付けよう”とか“自分も同じことをやっていたかもしれない”と思える人は、きっと心がある人たち。何も思わなかったり、凍りつくような感覚がなかった人は、ちょっと危ないかも(笑)。試しに、読んでみて欲しいです」

かみ合わない会話と、ある過去について
フリーライターの湯本早穂は、カリスマ経営者の日々野ゆかりをインタビューすることになった。彼女は小学校の同級生だが、当時はさえない子だった。弱みを握っている気で会いに行くが(第4編「早穂とゆかり」)。第3編「ママ・はは」は、“心が凍りつく”ことのない人間の末路を描く一篇としても読める。

噛みあわない会話と、ある過去について

辻村 深月(著)

講談社
2018年6月14日 発売

購入する