当時の様子を、森川氏は率直に振り返る。

「僕が全部決めるようになってからも、正直ずっと喧嘩していました。本人は“自分は自分の仕事を十分頑張っている”という感覚だったと思うんですけど、僕から見ると“任せきり”に見えてしまって。微妙な話なんですけど、お互いにずっと違和感がありました」

 どこか歯車が噛み合わない。そんなある日、試合帰りの車内で口論になり、森川氏がポツリとこう言った。

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「さくらは『やってる』って言うけど、本当は甘えてると思う」

©文藝春秋 撮影・志水隆

「権限を渡してほしい」と言われてその通り従っていた横峯の立場を考えれば反発してもおかしくない言葉だが、その言葉は横峯の胸に深く刺さった。

「しばらくしてさくら自身が『あ、分かったかも』と腑に落ちたような表情をしたんです。そこからさくらは“やっぱり自立して自分でやろう”という方向に、気持ちがパッと切り替わったんだと思います」(森川氏)

「頼りすぎると甘えになってしまうので…」

 気持ちが切り替わった矢先、それを試されるような「偶然」が訪れた。

 10月の「富士通レディース」の選考会で、ベビーシッターが見つからなかったのだ。

「この時、夫には息子の面倒を見てもらったんです」(横峯)

 夫に子供を預け、仕方なくハウスキャディを起用して臨んだその選考会で、横峯は8アンダーを叩き出し、なんと45人中トップで通過して本戦切符をつかみ取った。

 クラブ選びもコースの攻め方もすべて森川氏が決めていた状況から、すべて自分で判断して決めなければならない状況に突然追い込まれたが、好結果が出たことで夫婦で決めた権限移譲への疑念が頭をよぎる。その感触を確かめるために翌週の「NOBUTA GROUPマスターズGCレディース」でも、彼女はあえてハウスキャディを選んだ。そしてこの試合でも予選を通過してポイントを積み上げることに成功したのだ。

 それにしても、これは皮肉な話である。

 10年かけて夫婦で築き上げ、一度は「これだ!」と確信したはずのシステムが、「シッターが見つからない」という日常のハプニング1つで覆ってしまったのだから。だがその計算外の出来事が、横峯に「自立」の重要性を思い出させたというわけだ。

©文藝春秋 撮影・志水隆

 そうして迎えたファイナルQT。キャディは森川氏が務めることになったが、コースごとの戦略も1打ずつのクラブ選びもほとんど横峯自身が決断した。

「グリーン上で少し迷った時に聞くくらいでした。頼りすぎると甘えになってしまうので、チームとして必要なところは意見を聞きつつ、最終的には自分で判断して戦う。そのバランスを大事にしました」(横峯)

 全てを委ねるという荒療治を経験したうえで、改めて自分で決めることを選んだ横峯の言葉には、以前とは違う重みがあった。