戦後73年。戦争体験者から“あの時代”を表現する新世代まで、それぞれの「歴史との向き合い方」とはどんなものでしょうか。現在34歳の写真家・頭山ゆう紀さんは、新刊『超国家主義』で戦前の「歴史の現場」を撮影してきました。そこに込めた思いとは。

「超国家主義」展覧会場で話す頭山さん

「セカイ系」と戦前の煩悶青年たち

――今年3月に刊行された『超国家主義』には頭山さんの写真が33点掲載されています。写されたものは全て、戦争へと進む戦前期に活動した「青年」たちに関係する場所ですが、どうしてこの本に関わることになったんですか?

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頭山 著者の中島岳志さんが私の写真を見てくださっていて、この企画を一緒にやろうと誘ってくださったんです。「頭山さんの写真は、現代の風景を撮っているのに、いつの時代か分からないところがある」って。中島さんは大学生の時に『エヴァンゲリオン』の劇場版を偶然目にして、戦前の「超国家主義」と現代の「セカイ系」が重なっていることに衝撃を受けて、この本を構想したそうです。そこから「いつの時代かわからない」イメージを文章に加えたいと思ってくださったのかなと思います。

 

――まさに戦前と現代の問題を繋ごうとするこの本の主人公は個人が抱えた「煩悶」であり、それを宗教や「超国家主義」という思想で乗り越えようとした青年たちです。満州事変を引き起こした陸軍軍人・石原莞爾、A級戦犯とされる思想家・大川周明、2・26事件に参加する青年将校・磯部浅一……。

頭山 私は勉強ができなかったので、知らないことばかりでした。いつも現場で中島さんから簡単なレクチャーをしてもらって、その人物が通っていた宗教施設や、テロを起こした場所、眺めていた風景を撮影しました。

『超国家主義』には写真が33点掲載されている

――独特の場所ばかりですが、撮影するときはどんなことを考えていたんですか。

頭山 そうですね、何と言うか、一瞬を撮るというより、長時間露光みたいに時間を重ねていって、その場所の時空を束ねるイメージで撮影しました。構図のことはあまり考えていなくて、写す時も真ん中しか見ていない。あとから、ビルが写り込んでいることに気づいたり、道端にあるミラーに自分が写り込んでいるのに気づいたり。