写真家が歴史と向き合う意味
――頭山さんが写真家を目指した頃って、2001年ごろですよね。
頭山 中学生の時に「写ルンです」が流行ったり、コンパクトカメラを持ち歩くのが流行ったりしてたんですよね。HIROMIXさんの「ガーリーフォト」と呼ばれるスナップ的な作品の影響も大きかった時代で、私もコンパクトカメラで空とか撮ってました。それで、私の家族はみんな音楽をやっていて、私もバンドを組んでいたこともあって、ライブ写真を撮りたいと思っていたんです。でも、やっててなんか面白くないなって思い始めて、それで瞬間的に時間を切り取る方向じゃなくて、時空とか場所を撮る方向になっていったのかなと思います。だからいつか、「戦争」というものにも向き合うときがくるんじゃないか、とは思っています。
――戦争を知らない世代の写真家が、それでも戦争や歴史に向き合うってどういうことだと思いますか。
頭山 難しい……。ただ、写真は「ルーツ」というものに結びつきやすい表現なのかなとは思います。私自身意識的にも無意識的にも自分のルーツが作品に入り込んでいるからだと思うんですが、一方で、もっと開かれた大きな「ルーツ」を表現できるのも写真なのかなと思います。その一つが、私が今回『超国家主義』で写した「時空」みたいなものなのかもしれません。現在の風景を瞬間ではない「時空」として表現することで、社会や時代精神のルーツを見せたり、感じさせたり、考えるきっかけになる可能性が、写真にはあるんじゃないかなと思います。
――次はどんなテーマで撮影をしようと考えているんですか?
頭山 今回の『超国家主義』では戦前を中心に撮影しましたが、「戦後編」の構想もあるみたいです。山口二矢の浅沼稲次郎刺殺事件とか、三島由紀夫の自決とか……。ですから、写真家が歴史と向き合う意味っていうさっきの質問の答えを、しばらくは探すことになりそうです。たくさん勉強したいと思っています。
INFORMATION
頭山ゆう紀 写真展『超国家主義-煩悶する青年とナショナリズム』
2018年8月1日(水)より8月18日(土)
(毎週水曜日-土曜日 open) 17:00-23:00
スタジオ 35 分
東京都中野区上高田 5 丁目 47−8
とうやま・ゆうき/1983年、千葉県生まれ。東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。写真集に『境界線13』『さすらい』『osorezan』『THE HINOKI Yuhki Touyama 2016-2017』がある。
写真=鈴木七絵/文藝春秋