世にも珍しい「真っ黒なそば」を実食!
20分待ち、ようやく着丼。今回注文したのは「天ぷらレジェンド」(天ぷらそば)だ。
そばの殻ごと挽く「挽きぐるみ」と呼ばれる製法で紡ぎ出された麺は、箸で上げるだけでブワッと香りに包まれるほど、蕎麦の香りが濃厚。かつ、通称「黒そば」と呼ばれる麺は弾力があって真っ黒、出汁も真っ黒! 香ばしい麺と真っ黒なビジュアルは、音威子府以外ではほとんど見かけない、オンリーワンすぎる一杯だ。
音威子府の駅そばは、道内の幌加内・江丹別などとはまったく違うもので「日本一の駅そば」と昔から称されるほど、誰もが忘れ得ない不思議な一杯だ。小説・エッセイなどにも数多く登場しており、鉄道文学の第一人者・宮脇俊三氏も「駅の立ち食いソバで音威子府の右に出るものはないと私は思っている」(『線路の果てに旅がある』小学館・1994年刊)と、手放しで褒めたたえている。
音威子府の駅そばは、こうして人々の記憶に残っているからこそ、復活とともに「食べに行きたい!」という人々が殺到したのだ。1杯の駅そばのために払う数万円の飛行機代など安いもので、この日も村内の方以外に「東京から」「香川県から」「福岡から」と、方々から駅そばを求める人がやってきていた。
今は寂れた風景が広がるが、かつては……
さて、腹を満たしたところで、外に出て村を眺めてみよう。駅前通りに店はなく、見える範囲にある病院・小中学校・薬局以外は、十数軒の家屋が建つのみ。村の中心部としては、コンパクトという言葉が悲しく響くほど小ぢんまりとして、建物も人もまばらだ。
現在の風景からは想像もできないが、この小さな村には1933(昭和8)年から駅そばが存在し、繁盛していた。というのも、かつては1000人以上の鉄道会社員が働く、国鉄の拠点があったのだ。
現在の音威子府駅は、幌延・稚内方面に繋がるJR宗谷本線の「途中駅」でしかない。しかし1989年までは浜頓別・稚内方面の「JR天北線」が分岐するターミナル駅であり、石炭補給や貨物列車の切り離しを行う機関庫が設置されていた。



