村長の意向は……

 遠藤村長は、音威子府村の北隣にある、中川町の出身で、音威子府そばの影響か子どもの頃から「そば=黒い」と思っており、他の街で白っぽい蕎麦があることに、驚いたそうだ。

音威子府村・遠藤貴幸村長

 村長によると、2022年に畠山製麺が廃業した際の反響は、かなりのものだったという。

「音威子府の駅そばは、地域が生んだ宝物であり、文化といっていい。『復活するなら道の駅で』という声もあったものの、やはり、鉄道駅で復活してこそ、と思っていました」(遠藤村長)

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 ただ、今回の駅そば店は、あくまでチャレンジショップの位置付けであったがゆえに、「3カ月単位だが格安で駅を使用、終了後は違う場所で店を出してもらう」という制度が議会で決まっており、どうしても有限での営業、という形になってしまった。

常盤軒時代の音威子府そば(2011年撮影)

 一方で「駅そばには、道内外から想定外の人々が訪れており、多くの媒体にも取り上げられました。残していくべき観光資源コンテンツ」とも話す。今後に関して明言はしなかったが、「様々な方のご意見をいただきながら、音威子府のこの地まで来ていただいた方々のニーズに応えるような形で進められたらなという風には思っております」と、できるだけ駅そばを存続させる方針を語った。

 しかし、チャレンジショップで受けられる優遇がなくなることで、駅そば店の経費は倍増すると竹本さんは話す。特に客足が落ち込む冬場には採算が取りづらくなるため、村と交渉しつつ、今後の可能性を探っていく。

音威子府そばから学ぶ、駅そば復活のヒント

 音威子府そばの復活は「後継者の育成」「商品力継承への努力」などがしっかり噛み合って、成功を収めた。しかし、これはJRの改札・ホーム以外のほとんどの面積を音威子府村が管理していたため、待合室をそば店として存分に使うことができたのが要因の一つだろう。

 例えば、音威子府駅よりも少し早く、2025年4月に復活した石北本線・遠軽駅の駅そば(北一そば店)は、まわりが全てJRの土地とあって、駅舎へのそば持ち込み禁止などの不利なルールを課せられた。客は野外で食べるしかなく、寒くなるにつれて売り上げが激減。それ以外の事情も重なり、2025年12月に店主が辞職、ふたたび休店になる見通しだ。

遠軽駅で提供されていた「ジビエそば」

 駅が自治体のものか、鉄道会社のものか。駅そばと施設管理者で、良好な関係を築けているか。姿を消しつつある駅そばの復活で音威子府を参考にするなら、関係構築や周囲のバックアップといった要素も、参考にする必要があるだろう。

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