──2度目の妊娠について、小西氏はどのような反応だったんでしょうか。

佐藤:避妊もしていたので、最初に打ち明けたときには「マジか…」と驚いた様子を見せ、すぐに「悩みたい」と言われました。しかしほどなくして「結婚は、俳優業と金銭面を考えると現実的には難しい」「最初より好きという気持ちも減っている」と告げられました。

 ただ私は中絶の経験が心身ともに、本当にきつかったですし、もう一度中絶するのは嫌でした。すごく悩みましたが、途中で産もうと決意しました。その決意を小西さんに話すと「現実的に考えて無理」と言われました。

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「2回目の妊娠でも責任を取ってくれない。小西さんにとって私は結婚を真剣に考えるような存在じゃなかったんだ。結局、身体目当てだったんだ」と思いました。すごくショックで悲しかった。

 

 私は悔しさと悲しさを押し殺し、「そうですか。わかりました」と告げ、最後に「子供の認知だけはしてください」とだけ伝えて、別れる決断をしました。はっきりした返事がないまま、小西さんはその後すぐ「最近、親の脚が悪いから」というあまり腑におちない理由で、同棲していた部屋に私を置き去りにして、実家に帰ってしまいました。

 部屋に1人残された妊娠した私は激しい吐き気に嘔吐、それに孤独と戦いました。本当につらく悲しい日々で、毎日泣いていました。小西さんは妊娠を告げた後、自分の荷物を取りに10分だけ戻ってきた以外は、私が出産のため実家に帰るその日までついに部屋には戻ってきませんでした。

小西氏と会った最後

──その後、小西氏とは会ったのでしょうか。

佐藤:妊娠して1カ月半後、生まれてくる子供の世話のことを考え、神奈川の実家に帰ることにしました。その際に、小西さんの運転する車で送ってもらいました。引っ越し費用も、車で送ってくれる友人もいなかったので、不本意でしたが彼に頼るしか選択肢がなかったんです。

 もう別れているし、つわりの面倒も全く見てくれなかった人です。今更、車の中で話すこともありませんでした。小西さんは運転中、自分の俳優業の話をしていました。認知の話はもちろんしません。それが小西さんと会った最後です。

──お子さんを出産してからはどうでしたか。

佐藤:産んでからは子供を育てることで精一杯でした。出産した後はホルモンバランスも崩れるので、芸能活動はもちろん、何かを考えているどころじゃない日々でした。

──未婚のまま出産したことは周囲には伝えていたのですか。

佐藤:伝えたのは身近な人たちだけです。あと、当時所属していた事務所には妊娠中から「出産します」と伝えていました。

 

出産した1年後に小西氏の熱愛報道

──出産後、小西氏へ連絡はしたのでしょうか。

佐藤:報告のメールをしましたが、返事はありませんでした。その後も子供の認知の話もありましたので、何度もメールをしたり、妹から電話してもらったりもしたのですが、一切返事や電話に出ることはありませんでした。