2025年の紅白歌合戦にゲスト審査員として登場し、話題となった三宅香帆さん。文芸評論家の三宅さんが執筆中の「週刊文春」連載が「令和新語採集」だ。
元号が令和となってから流行し、定着している新語たち。そんな令和の新語に込められた真のニュアンスや流行した背景などを三宅さんが解説している好評連載だ。第2回を特別に無料で公開する。《第1回も公開中》
若者のあいだでMBTIが流行している。という話を飲み会ですることが増えた。
大人たちが「これ若者の間で流行ってるらしいよ」とか言い始めたらもうその流行も終わりを迎えているような気もするが、それにしても流行っているのだ。MBTI。ご存知でしょうか。人間を16タイプに分ける性格診断のことである。さまざまな質問に答えてゆくことで、最終的に自分が何タイプかわかるのだ。一応星座占いや動物占いのような誕生日や血液型で決まるようなものではなく、質問に答えていくことでタイプがわかる診断なので、自分のコンディションによっても結果は変わってきそうである。
ちなみに私はENFPタイプ。呪文にしか思えないのだが、Eは外向型、Nは直感型、Fは感情型、Pは認識型、みたいな分類によっている。そのためMBTIに詳しい人のあいだでは「あの人はE(外向型)じゃなくてI(内向型)だから、私たちよりも意見を言いづらいんだよ!」とか言ったりする。ようは、人と自分が異なる時、それはなぜ異なっているのか?――そもそも社交的か内向的か、あるいは直感重視か理論重視か、あるいは、という人間の性格をジャッジする指標を提供しているのだ。ちなみに16タイプそれぞれに名前がついており、私のENFPは「広報運動家」という。何の意外性もないですね!
このMBTIがもう世間では大流行も大流行で。たとえば韓国アイドルのオーディション番組だと、オーディション中もアイドル見習いの子達のMBTIが公開される。そして「この子のMBTIはINTPだからこんなふうに振る舞うんだ!」「このグループにはE型が多いから仲良くなりやすいんじゃない?」などとファンたちは性格診断を重視しつつ応援する。意見を主張しやすいタイプ、自分を見せるのが難しいタイプ、とアイドルを理解する手掛かりにしたりもする。
これがなぜ今ここまで流行しているのか? 私はこの診断が「自己紹介で最も穏当な話題」になっていることがポイントだと思っている。つまり、昨今の自己紹介の風景を思い描いてみるとわかりやすいのだが――もはや自己紹介のなかで他人のタブーがわからないのだ。たとえば恋人の有無、学歴、休日の趣味。どれも相手にとっては触れてほしくない話題かもしれない。場合によっては男女や子供の有無などの属性で他人を判断するのは差別になるかもしれない。しかし自己紹介してもらわないと相手を理解できない。
ならば、MBTIを聞けばいいのだ! だってMBTIはただの性格診断だから。性格がわかるけどプライベートな情報に触れなくていい! なんて楽な話題!
人間は多様で、16タイプで判断できないことなんて、みんなわかっている。だけど多様だからこそ、私たちは初対面の相手と喋れない話題をたくさん抱えている。そんななかで流行するのは、どんな相手も当てはまる、が、属性ごとにヒエラルキーのない(ように見える)診断なのである。
人と人とは違う。得意なことも人それぞれ異なる。そんな前提が広がるからこそ、繊細で優しい自己紹介の場において、相手を理解するコミュニケーションとして性格診断が流行する。みんな、理解できない他人が怖いことは今も昔も変わらない。しかし他人と関わらないなんて無理だ。だから私たちは無難な自己紹介を必要とし続けている。
(みやけかほ/1994年生まれ、高知県出身。文芸評論家。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で新書大賞2025受賞。他の著書に『「好き」を言語化する技術』等。)
「週刊文春 電子版」では、三宅さんが執筆した過去回を読むことができます。
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