日本で生まれ育ち韓国でアイドルデビュー、2019年にはスピードスケートの金メダリストで小平奈緒さんのライバルとして知られるレジェンド・李相花(イ・サンファ)さんと結婚し「韓国で一番有名な日本人」と呼ばれるようになった歌手・タレントのカンナムさん(38)。
日本時代は地元で問題児として煙たがられ、友人に裏切られ1年間誰とも話せなくなった孤独な時期も経験したという。韓国行きを決意するまでの知られざる青年期を赤裸々に語った。(全3回の1回目/続きを読む)
――カンナムさんは東京育ちなんですよね。
カンナム 生まれた時から東京の江戸川区に住んでいました。小学校、中学校とずっと過ごして、その後留学に行って帰ってきて……というバタバタした学生時代でしたね。父親が日本人で、母親が韓国人です。
――どんなお子さんでしたか?
カンナム 「小さい頃は大変だった」とお母さんにはよく言われます。いろんな意味で大変すぎて、お母さんの5人の妹たちをみんなうちに呼んで、みんなで育ててくれたと。
――いったい何をしたんですか?
カンナム お母さんと2人で歩いていて交番の前を通りがかった時に、「助けてー!」って叫んだり。お母さんは日本語が喋れないからアタフタするんですけど、誘拐疑惑で警察に止められて「お父さんを連れて来てください」と父まで呼ばれたり。そういう話が600個ぐらいあります(笑)。
「中学生の頃に、人とあんまり喋れない時期が1年ぐらい続きました」
――お父様はどんな方だったんですか?
カンナム お父さんは普段は静かな人なんですけど、怒るとすごかったです。1回、高校の時に怒られた時は、気を失うぐらいまでおしおきを受けました。怒らせると命にかかわる、決して怒らせてはいけない人でした。
――学校生活はどうでしたか?
カンナム 中学生の頃に、人とあんまり喋れない時期が1年ぐらい続きました。それまで仲良かった子に嘘をつかれて、ショックを受けて「1人でいた方がいいのかな」とほぼ誰とも話さずに1年過ごしました。
――それは辛い経験ですね。
カンナム 転機になったのは、1年後のハワイ留学です。サーフィンとかを覚えていくうちに徐々に吹っ切れました。ハワイでは韓国人など色んな国の友達も増えていって。結局、学校は退学になってしまったんですけど。

