一度見たら忘れられない存在感

 ジェームズ・キャグニーは一八九九年七月、ニューヨークのロワー・イーストサイドに生まれた。父はアイルランド人で、母はアイルランドとノルウェーの混血。口が達者で喧嘩っ早い印象が強いのは人種のせいだけではないだろうが、彼はスペンサー・トレイシーやパット・オブライエンといった同じルーツの俳優たちと仲がよかった。彼らのつながりは「アイリッシュ・マフィア」と揶揄されるほど強固なものだった。

 先ほども触れたが、キャグニーを輝かせたのは、なんといっても『民衆の敵』をおいてない。彼が演じたのは、禁酒法に乗じて暗黒街でのし上がっていくトム・パワーズというギャングだ。

『民衆の敵』販売元:ジュネス企画

 その存在感は、一度見たら忘れられない。グレープフルーツの場面はもちろん衝撃的だが、裏切りかけた身内を容赦なく始末する場面や、ボスを蹴り殺した馬に本気で腹を立て、ものもいわずに撃ち殺す場面などは、思わず息を呑む。

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 だが、さらに強烈なのは、敵対する組織との銃撃戦で自身も被弾し、額からおびただしい血を流しながら、「俺もヤワだな」とつぶやく場面だし、さらにさらに印象的なのは、ミイラのように包帯でぐるぐる巻きにされ、扉の向こうから家の内部に倒れ込んでくるシーンだろう。

 ここは凄い。小柄で強気で無鉄砲だった「歩く癇癪玉」のトムが、両腕を身体に貼り付けた状態で、眼だけを剥いたまま、棒のように倒れ込んでくるのだ。一九三〇年代、こんなラストを用意できた映画はほかになかったのではないか。