冬の休暇には、暖かい家でじっくり映画を観たい。たまにはクラシックな名画で、輝くようなスターの魅力に浸ってみたい。そんなときに手元に置きたい芝山幹郎著『スターは楽し 映画で会いたい80人』(電子書籍)から、 妖艶な美女マレーネ・ディートリッヒの項を公開。 (全4回の1回目/2回目を読む)
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「なんともいえんほど美しかった」
私がディートリッヒの名前を初めて耳にしたのは、五十数年前のことだ。教えてくれたのは、彼女より六歳若い私の祖母だった。ご多分に漏れず、祖母は「デートリッヒ」と呼んでいた。戦前の本郷座で『モロッコ』(一九三〇)を見たときの衝撃がよほど大きかったらしく、酒場の場面や砂漠の場面を繰り返し語った。締めくくりは決まっていた。「なんともいえんほど美しかった」といって、深い吐息をつくのだ。
マレーネ・ディートリッヒは一九〇一年、ベルリンに生まれた。軍人だった父はマレーネが十一歳のときに死んだ。母は再婚し、娘は芸の道を歩む。二十歳でマックス・ラインハルトの演劇学校に進み、翌年から映画に出はじめる。結婚は一九二四年。相手のルドルフ・シーバーとは一女をもうけたが、籍だけ残してすぐに別居した。夫はカトリックで、離婚ができない。
ブレイクしたのは、三十歳近くになってからだ。きっかけは、ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督と出会ったことだ。彼は七歳年長だった。身長は一六三センチしかなかった。ディートリッヒよりも五センチほど低い。が、彼は異能だった。ウィーンで生まれ、ニューヨークで這い上がり、三十歳で監督として一本立ちした。ドイツ初のトーキー『嘆きの天使』(一九三〇)を任された彼は、無名のディートリッヒを抜擢した。ギャンブルは当たった。ディートリッヒはエミール・ヤニングスの演じる教師を破滅させ、世界中の男たちを魅了した。
