九十歳まで生きた魔女

 フォン・スタンバーグとディートリッヒのアメリカでの協働作品は六本にのぼった。なかでも美貌とオーラが輝くのは、『間諜X27』(一九三一)や『上海特急』(一九三二)の彼女だろう。ただ、興行成績は上がらなかった。アメリカの大衆が、彼女の異質性を味わい切れなかったのだ。名手エルンスト・ルビッチ監督と組んだ『天使』(一九三七)の評価がアメリカで低いのも、その一例だろう。断っておくが、これは陰翳に満ちた、優雅で魔術的な佳篇だ。

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 以後は、駆け足で記す。ディートリッヒはヒトラーによるVIP待遇を拒み、米国籍を取得した。第二次大戦中は前線で歌って米軍兵士を励まし、反ナチ活動に挺身した。有名な逸話だが、この一事をもってディートリッヒを「反戦のヒロイン」と決めつけるのは浅慮にすぎるだろう。むしろ私は「快楽を知る者は正義や権力に飢えない」という格言を思い出す。あれほど快楽的な人生を歩んだ彼女が、偏狭で抑圧的なファシズムに(くみ)するなど、私にはまったく想像できない。政治好きだったことは事実にせよ、ディートリッヒは五十代になっても、ユル・ブリンナーやフランク・シナトラ、さらにはジョン・F・ケネディといった男たちと浮き名を流しつづけるのだ。そのあでやかさと迫力は、『情婦』(一九五七)や『黒い罠』(一九五八)に生きている。ディートリッヒは、美女というより魔女だ。魔女は九十歳まで生きた。