キスシーンで相手役の唇を本気でむさぼった

 ただ、当時のディートリッヒは野暮だった。顔や胴回りがもっさりしていて、後年の凄みと頽廃をたたえた色気は感じられない。だれもが知っている「ディートリッヒ」像が作られたのは、フォン・スタンバーグに伴われてハリウッドへ転進し、パラマウントと契約を結んでからだ。彼女は、奥歯を抜いて頬の線をすっきりさせた。眉と付け睫毛で眼もとを整えた。スリーサイズは八八-六〇-八三に絞った。もともと声はよかったし、脚の美しさは抜群だった。生来の淫蕩な資質も、水を得た魚のように泳ぎはじめる。なにしろ、ここはハリウッドだ。野心も情欲も虚栄心も冒険心も人一倍強い男女が群れるバビロンだ。

『嘆きの天使』Collection ChristopheL via AFP

 ディートリッヒは、男が好きで男に好かれた。フォン・スタンバーグに対する敬愛の情は保っていたが、眼の前に現れる美男や奇才や怪物たちと触れ合わぬわけにはいかない。ゲイリー・クーパーもダグラス・フェアバンクス・ジュニアもモーリス・シュヴァリエも……少しあとではジャン・ギャバンも、こぞって彼女に溺れた。「色事の水に磨かれて」という表現は、彼女にぴったりだろう。キスシーンでも、ディートリッヒは相手役の唇を本気でむさぼった。

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 メイクアップ係は、撮り直しのたびに口紅を引き直さなければならなかった。一方で彼女は、素足を人体で最も醜い部分だと思い込んでいた。靴を履いている写真はあっても、つま先を露出させた写真は残っていない。ちょっといびつな羞恥心は、なかなかエロティックだ。