1975年3月13日に発売された「ペヤングソースやきそば」は、今年で50周年を迎えた。世界で初めてのカップ焼きそば「エビスカップ焼そば」が発売されたのは1974年。つまり後発ではあるが、現在まで売れ続ける大ヒット商品となり、関東を中心に支持を集めている。
ここでは、本業のITエンジニアのかたわら、ブログ「焼きそば名店探訪録」を運営し、これまで全国1500軒以上の焼きそばを食べ歩いてきた塩崎省吾さんによる『カップ焼きそばの謎』(ハヤカワ新書)より一部を抜粋。
「ペヤングソースやきそば」の特徴である“弁当箱型”の容器はどのようにして生まれたのか。その開発秘話に迫る。(全3回の1回目/続きを読む)
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常識を覆す業界初の角型容器
〈ペヤング ソースやきそば〉といえば、弁当箱を思わせる四角い角型容器が最大の特長だ。
『食品と科学』1975年9月号には、〈エビスカップ焼そば〉を含む6種のカップ焼きそばの写真が載っていたが、どれも〈カップヌードル〉のような縦型容器か、広口・浅底の円形だ。カップ焼きそばだけでなくスープ麺も含めて、当時のカップ麺の容器は縦型か円形しかなかった。そこに突然登場したのが、弁当型角型容器の〈ペヤング ソースやきそば〉である。
2003年8月4日付の『上毛新聞』には開発の経緯が詳細に綴られている。
1974年秋、専務の丸橋善一(42)の一声で、開発チームが結成された。メンバーは善一を筆頭に、妻で経理担当の八重子(40)、弟で常務の義雄(41) 、工場長の津久田文雄(35)ら6人。焼きそばへの参入に誰も異論はなかったが、善一の一言にメンバーは耳を疑った。「四角い容器で作ろうじゃないか」。
これまでのカップめんの容器は、すべて丸型で底の深いタイプ。八重子は「受け入れられるはずありません」と反対し、津久田も「機械では隅までめんをうまく入れられない」と難色を示した。しかし、善一の考えは変わらなかった。(6頁)
「焼きそばを四角い容器で」と考えた理由について、2000年3月10日付の『上毛新聞』で、丸橋善一が自らその意図を述べている。
「ソース焼きそばは七、八社が発売していて後発だったこともあったが、自分だけは自信があった」〔中略〕
