カップ焼きそばといえば、多くの人の頭にまず思い浮かぶのは日清食品の「日清焼そばU.F.O.」だろう。
実は1986年に「日清焼そばU.F.O.」が発売される以前、日清食品は先発商品の「ジョイカップ101 焼そば」でカップ焼きそば市場を戦っていたものの、初めて角型容器を採用した「ペヤングソースやきそば」のヒットを前に、シェアを奪われてしまっていた。
新商品の開発を求められた当時のマーケティング部部長・安藤宏基(日清食品の創業者・安藤百福の実子であり、現CEO)はどんな戦略を考えたのか。
ここでは、本業のITエンジニアのかたわら、ブログ「焼きそば名店探訪録」を運営し、これまで全国1500軒以上の焼きそばを食べ歩いてきた塩崎省吾さんによる『カップ焼きそばの謎』(ハヤカワ新書)より一部を抜粋。「日清焼そばU.F.O.」の開発秘話に迫る。(全3回の2回目/続きを読む)
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容器で差別化、丸い皿型カップを採用
安藤宏基はカップ焼きそばを開発するにあたり、まずは容器での差別化をコンセプトに据えた。
当時、私は味や香りや具材で製品の差別化を図ることは難しいだろうと考えた。焼きそばやうどんを、カップヌードルと同じような縦型の容器で食べることにも抵抗があった。そこで最初にマネージャーに指示したのは、容器のバリエーション開発だった。(『カップヌードルをぶっつぶせ!』67頁)
筆者が13もの銘柄を食べ比べたクロスレビューでも、〈ジョイカップ101 焼そば〉の味は高評価だったが、縦型の容器については《食べにくい》《まぜにくい》など厳しい意見が目立った。
〈ジョイカップ〉は〈エビスカップ焼そば〉と同じく、蓋に箸やフォークで穴を開けて湯切りする方式だった。ただ〈エビス〉と比べて〈ジョイカップ〉は容器の直径が小さいため、湯切り時には半分開いたお湯の注ぎ口から湯気が漏れて熱い。そんな指摘もあった。
当時の日清食品において、安藤百福の〈カップヌードル〉は絶対的な存在として半ば神聖視されていた。そのため〈カップライス〉だけでなく、カップ焼きそばやカップうどんも縦型容器を前提に開発された。一方、安藤宏基は消費者のニーズを優先すべきと考えた。そこで容器に対する意識改革から着手したわけだ。百福の実子だからこそ正面から異論を挟めたのかもしれない。
容器が最優先と聞かされたスタッフたちは驚いたようだ。『食足世平:日清食品社史』には《かなり思いきった発想だった》《目からウロコが落ちる思いだった》(234頁)などの感想が綴られている。

