質にも量にも妥協せず
丸橋善一は容器だけでなく、もちろん中身にも妥協しなかった。
1988年2月25日付の『日本食糧新聞』の丸橋善一の述懐によると、麺は焼きそばに適した食味を目指し、ラーメンとは異なる麺質を心がけたという。
味については、他社さんに比較して良くする工夫をしておりますが、やはりかくし味の選択がよかったと思います。これが麺質を高めた。普通のカップ麺にソースをかけたといった感じを持たない工夫ですね。麺があまりツルツルしてはよくありません。“焼そばラーメン”になってしまっては困るわけです。噛んで食べる商品ですからある程度のコシを必要とします。縁日の焼そばがヒントですから、私共の製品は四角いトレーを使う庶民的な感覚をもっている。(9頁)
2024年12月8日にテレビ東京で放送された『バクタン 時を戻そう!ヒット商品が生まれるまで』という番組で、〈ペヤング ソースやきそば〉の開発秘話が明かされた。その中で、“麺には醤油が練り込まれ、揚げ油はパーム油とラードの混合油を使っている”と紹介されていた。醤油を麺の下味に使うことで、麺質が改善されたそうだ。
さらに丸橋善一は麺の食味だけでなく、そのボリュームにも気を配った。
先発各社は、丸い容器に65gくらいの麺を入れた焼そばを発売していました。私共はこれをビッグサイズの90gにした。〔中略〕
焼そばはお腹に入って満腹感を得るためには、やはり量目が多くないといけません。汁ものならば多少麺が少量でもよいが、焼そばは90gくらいないと腹を満たさない。(『日本食糧新聞』1988年2月25日、9頁)
重量120グラム、うち麺は90グラム。その満腹感も、〈ペヤング ソースやきそば〉の革新的な特長だった。
後に発売されたエビス産業の〈エビスカップ焼きそば大判〉(1975年9月発売)は、名前の通り120グラムの“大判”だった。他にも8月に東洋水産、9月にエースコック、翌10月に徳島製粉が、いずれもほぼ同じ量のカップ焼きそばを次々と新発売した。どのメーカーも、〈ペヤング ソースやきそば〉のヒットに倣って増量したのだろう。
〈ペヤング ソースやきそば〉以降、重量120グラム・麺量90グラムがカップ焼きそばの標準サイズとして定着した。