行ったその日に緊急手術が必要になるまで、呼吸困難を放置していた図太さに驚かされる。和は半年前から病院に行くことを勧めたそうだが、大崎は人から言われたのでは梃子でも動かない性格のようだ。

 喉に穴を開けるので声が出せなくなり、いずれ声帯も含めた摘出手術をするため、この日を最後に大崎の声は完全に失われる。和は「何か言い残しておくことはないの?」と携帯の録音アプリを開いた。首を伸ばして振り絞った声は、しゃがれてダンディだった。

「唯くん、こら唯 元気でやってくれよ パパだぞ 最後の声だぞ」

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 京都の大学に通っている一人息子へのメッセージだった。「もういいの?」と和は聞いたが、大崎は首を縦に振っただけだった。

「私には何もなかったです(笑)。そういう人ですから」

「淡々と死んでいこう。それが最後の仕事だ」

 喉の切開手術から1週間後、全身の精密検査が行われた。

《下咽頭癌のステージ4のb。
 

 全身に遠隔転移ありということ。


 体力の衰退がひどく手術も抗がん剤もできません。


 雨宮は少しも表情をかえずコンピュータの画面を見ながら淡々と言った。


 30代の半ばくらいの若い医者でまだ少し学生のような面影の残る顔に、それを隠すようでなくもなかった。どのみち秀才という雰囲気はにじみ出ていて、それはまあ平均的な大学病院の勤務医に共通するものかもしれなかった。
 

 手術ができない。
 

 抗がん剤もできない。
 

 そう言われてベッドに寝転がされる。
 

 筋力もなく、上手く寝返りを打つこともできない。
 

 すぐ脇にテレビがあるのだが足元に投げたリモコンをたぐりよせることもできない。
 

 首を上げることも難しい。
 

 つまりただ上を向いているしかない。
 

 封筒のように。
 

 天井を眺めている。
 

 ただそれしかなかった。
 

 なんの感情も沸いてこなかった》(『渚にて』より)

 大崎の手術は体力の回復を待って、入院から約ひと月後に行われた。その結果説明がベッドから動けるようになった3週間後にあり、和が支えるようにして医師の部屋へと向かった。

「長い廊下を2人で歩いて行くときに、大崎が私の手を握ったんです。それは私の気持ちを思いやったのか、本人の不安からだったのか……」