学生時代のリングネームは…

――棚橋選手が武藤さんの付き人になったのは、どういった経緯があったんですか?

武藤 付き人は会社があてがってくれたんだよ。

――付き人としてはどうでした?

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武藤 いい子でよくやってくれてたような気がするよ。だって真面目じゃん。立命館大学も出て、頭もいいわけだしね。プロレス同好会だったんだろ。

――そうですね。でも、当時の新日本は学生プロレスあがりが差別されていて、表に出せないことだったんですよね。

武藤 俺は気にしないけど、そうだったんだ。棚橋の学生時代のリングネーム、聞いたけど忘れちまったよ。

――ターナー・ザ・インサートですね(笑)。

武藤 えっ、そんな名前だったか? なんかもっと違った名前だったような……。

――その前が、ハメ浩ですね(笑)。

武藤 あっ、ハメ浩だ!(笑)。

――馳先生を下ネタでもじった名前だったという(笑)。ハメ浩のあと、ターナー・ザ・インサートに変わったんですよ。それこそアルティメット・ウォリアーみたいに、ヒラヒラをつけたマッチョなレスラーで。アマチュア時代からアメプロの格好をしてたんですよね。

武藤 もともとそういうのが好きだったってことだよな。

次の記事に続く 「プロレスって稼げねえじゃん」今のプロレスには夢がない…武藤敬司が“社長・棚橋弘至”に『望むこと・不安に思うこと』【引退・棚橋弘至】

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