1999年の新日本プロレス入門前、棚橋弘至の憧れのプロレスラーは武藤敬司だった。新人時代の棚橋は武藤の付き人を務め、「武藤さんにはスターとしての振る舞いを教えてもらった」と発言し、2002年の武藤の全日本プロレス移籍の際には棚橋も誘われるほどの関係だった。ともに格闘技路線に否定的であり、団体の社長を務めるなど、共通点も多い武藤と棚橋。

 2026年1・4の棚橋引退を控えた時期、新日本を飛び出して自らの価値を上げていった武藤に、新日本に残り続けたうえで団体を救ったとされる棚橋に対して、その思いの丈を語ってもらった。双葉社の新刊『逆説のプロレスvol.26』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

なぜ棚橋弘至はスターになれたのか? 師である武藤敬司に直撃した ©getty

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棚橋も俺みたいにハゲていけばよかった

――棚橋弘至選手が2026年の1・4東京ドームで引退すると聞いた時、武藤さんはどう感じましたか?

武藤 棚橋って、まだ50前でしょ?

――2025年の11月で49歳ですね。

武藤 過去の歴史を振り返っても、49歳で引退はまだ早いだろうとは思うよ。ただ、棚橋のスタイルっていうのは、きらびやかなチャラチャラしたのが売りで、飛んだり跳ねたりするスタイルだからさ、そのまま続けるのはキツかったのかもしれない。俺の場合は、髪の毛がある頃から飛んだり跳ねたりを少しずつ減らして、マイナーチェンジしていったから。

――見た目もファイトスタイルも変えていきましたよね。

武藤 技も見かけも年相応のものに変えていったよ。棚橋の場合は髪の毛も金髪で、チャラチャラしたイメージをずっと保たなきゃいけないのはしんどいよな。

――男性アイドルが、イメチェンしないまま40代になったような苦労はあるんでしょうね。

“100年に一人の逸材”としてプロレス人気をけん引した棚橋選手もついに引退 ©文藝春秋

武藤 本来、見た目なんか誰でも自然と変わっていくもんなんだから。歳を取れば代謝が落ちて腹も出てくるし、髪の毛も薄くなってくる。カツラを着けてまでやるわけにはいかないからな(笑)。

――武藤さんがスキンヘッドにした時の年齢って、じつは38歳なんですよね。

武藤 うん、そうだよ。

――だから、30代のうちから武藤敬司の“第二形態”か“第三形態”に進化しているという。

武藤 だから棚橋も俺みたいにハゲていけばよかったんだよ(笑)。エクステも着けられないぐらいにハゲていけば、必然的にスタイルも変わっていったかもしれねえよな。

――髪の毛さえ薄くなっていれば、チャラ男から強制的にキャラ変した大人の棚橋弘至が見られたかもしれないと(笑)。でも、逆に言うとあのスタイルのままで、よく50歳近くまで頑張ったなっていう気もしますよね。

武藤 まあ、そうだよな。節制して見た目も気にしながら、必死に飛んだり跳ねたりしてたんだろうな。