日本陸軍が陥った陥穽

 具体的な指標や経済政策の適否を論じることが本論の主眼ではなく、またそのような紙幅もないのでここでは一旦措くが、わたしはこうした状況変化に対するものぐさな態度に、かつて日本陸軍が陥った陥穽を見る思いがする。

砂川文次氏 ©文藝春秋

 この点につき、日本陸軍が第一次世界大戦やノモンハン事件など、近代化する戦闘を体感する契機があったにもかかわらず、対米英戦においても引き続き白兵主義――戦闘に最終の決を与え、その目的を敵の殲滅に固定するような教条的戦法のこと――を維持し続けた構造的要因を分析した防衛研究所の論考が非常に参考になるので引く。

「大正12(1923)年『歩兵操典草案』の戦闘の目的に関する記述では、敵の圧倒殲滅のみが明示されている。そして、昭和3(1928)年以降の操典類では、高級指揮官から末端の兵士まで、また、あらゆる兵科・兵種において、戦闘の目的が敵の圧倒殲滅になっている。/操典類全体にこのような変化が現れる昭和初期は、白兵主義が採用されてから約20年後に当たる。白兵主義を学んで育った世代が戦闘の目的を限定的に捉えるようになり、この認識が操典類に反映されたと言っても過言ではないだろう」

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 上の引用のとおり、当初、日本陸軍における白兵主義は確かに戦闘に最終の決を与えるための手段のひとつでしかなかったが、後年、それは完全に目的へと転倒していた。西南戦争や日清・日露戦争などで成功体験を積んだ日本陸軍がこうした戦術を原則として組み入れるのは無理からぬことではあっただろうが、その一方、第一次世界大戦やノモンハンといった実際の戦例に触れながらも、前者においては発達した近代火力によってもなお戦線は膠着したという事実が、後者では火力戦だけで打撃を受けたことにより戦闘に最終の決を与えるための白兵戦に持ち込めなかったという意味での火力不足だけが問題とされ、白兵主義そのものは不問に付されていたのだ。

 こうした学習に対する態度を、日本軍の組織慣行を考究した名著『失敗の本質』では下記のように端的に述べている。

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中公文庫版)

「日本軍は、過去の戦略原型にはみごとに適応したが、環境が構造的に変化したときに、自らの戦略と組織を主体的に変革するための自己否定的学習ができなかった」

※本記事の全文(約5000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(砂川文次「“日本”という風土病」)。全文では、以下の内容をお読みいただけます。
・「デフレ脱却」を目指し続ける日本
・誤った戦略も決定的局面まで修正されなかった
・これは政治だけの問題なのか?

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