「責任ある積極財政」を掲げ、高い支持率が続く高市早苗政権だが、国民は何かを見逃していないか。なぜ「デフレ脱却」を目指し続けのか? 元自衛官で、芥川賞作家の砂川文次氏による特別寄稿から一部を紹介します。

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デフレという前提条件に綻びが出ると……

 日本政府が抱える数多のエコノミストや政策担当者らによって策定された経済政策に対する異議申し立てとして、たかだか元自衛官の物書きひとりのことばでは不足があるだろうから、機関投資家にインタビューをした2025年11月のブルームバーグの記事を下記に引く。

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経済政策について記者団に説明する高市早苗首相(2025年11月21日) ©時事通信社

「債券トレーダーは、高市早苗首相が打ち出す経済対策を注視している。財政支出の拡大に対して日本国債に売りを浴びせる準備を整えている。(中略)マールボロ・インベストメント・マネジメントのポートフォリオマネジャー、ジェームズ・エイシー氏は『財政赤字拡大で高いインフレに対処する考え方は、控えめに言っても疑問符が付く』と指摘する」

 わたしもこの機関投資家の見解同様、高市政権の経済政策はインフレ下においては極めて有害であると考えているひとりであるが、今回の論点はそこにはない。なぜなら、インフレ高進下であるにもかかわらず「デフレ脱却」を目指す政策は先に述べたとおり高市首相誕生からはじまったものではなく、すでに岸田文雄・石破茂政権時から行われていたからだ。多くの資源を海外から輸入する日本が急激な通貨安に見舞われたのは2022年で、当然、輸入物価が上昇しそれが物価高騰につながることは容易に予見できたにもかかわらず、岸田氏も石破氏も、またそれに引き続く高市首相も「デフレ脱却」を掲げ続けた。

 実際に日本がデフレであった期間は、扱う指標でばらつきがあるが、政府が公式に認めたのは2001年3月の月例経済報告からで、同年、日本銀行が量的緩和政策を導入するとともに、この頃から政府と日銀はデフレ克服を重要な経済目標として明示するようになる。デフレの始期を仮に90年代初頭のバブル崩壊に置くならば、日本は30年以上ずっと「デフレ脱却」を目指し続けていたということになる。もちろんデフレ下でデフレ脱却を目指すことに疑問を挟む余地はないが、日本はいつからかその行為自体を自己目的化していたのではないか。

 そしてデフレという前提条件に綻びが出ると、今度は「再びそのような状況にならないようにする」ことが「デフレ脱却」の目標となり、その政策の正当性が担保されるようになった。