なぜ平日の昼間なのに学生が?

 実は腹五社神社の境内は、黒神中学校の敷地に挟まれたような場所にあり、境内奥へ向かって左に校舎、右に給食室や体育館などの建物が立っている。

左右の学校施設の間にある屋根

 そのため、鳥居から本殿へ向かう途中に屋根が設けられた場所があり、そこは境内でありながら学校の渡り廊下のような役割も兼ねるという、なんとも不思議な空間になっているのだ。

制服姿の生徒が横切ることも

 木々と校舎によって日差しは遮られているものの、生徒たちの賑やかな声で生気に満ちた雰囲気が感じられた。

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コンクリート製のお社が出現

 渡り廊下を抜けて先へ進む。火山灰の参道は木漏れ日でぽうっと明るい。

木漏れ日が刺す荘厳な境内

 その奥に簡素な造りのお社が立っていた。

コンクリート製のお社が

 本殿と拝殿から成り立ち、手前の拝殿はコンクリートでできている。桜島には噴火時に身を守るための退避壕(シェルター)があちこちに設置されているので、それを兼ねているのかもしれない。

 腹五社神社は原五社神社とも書くそうだ。祀られるのは月読命(ツクヨミノミコト)・彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト)・素戔嗚尊(スサノオノミコト)などで、創建は判然としない。

噴火時のシェルターも兼ねているのだろうか

 寛永2(1625)年、薩摩藩初代藩主・島津家久の命で社殿が浜辺に移され、寛政10(1798)年に現在地へ遷宮したと伝わる。要するに古くからこの地を守ってきた神様というわけだ。

『桜島噴火記』(柳川喜郎著/南方新社/2014年)によると、そんな神様を黒神の人々は命がけで大切にしてきたようだ。