救えたかもしれなかった命
だが、地震と鳴動はひっきりなしに続く。不安を募らせた島民たちは、安永大噴火を教訓にそれぞれの判断で避難を始めた。
一方、鹿児島測候所の“安全宣言”を科学的判断と捉えて信じた知識人は島に留まった。
古の言い伝えと科学が対立した。その結果、一部の島民が逃げ遅れ、尊い命が失われたのだ。
内閣府の報告書によると、島から脱出しようと極寒の海に飛び込んだ人々もおり、地獄絵図の様相を呈したという(「当時の測候所長が噴火予知・予報が出来なかった理由と弁明は現在の火山研究者にとっても納得できるものである」とも報告される)。
鹿児島測候所の言を信じた知識人、特に島民を先導した指導者層の悔恨は計り知れない。中には、噴火発生直前まで避難を制止した人もあったというのだから。
石碑の「住民ハ理論ニ信頼セズ」という激しい言葉には彼らの忸怩たる思いが表れている。
埋没鳥居を残した村長の決断
後日、黒神の住民はけなげにも、すっぽりと埋まってしまった腹五社神社の鳥居を掘り起こそうとしたらしい。
しかし、村長が噴火の猛威を後世に伝えようと発掘の中止を指示。こうして世間の目を引く奇妙な姿のまま保存されることになった。現在、「黒神埋蔵鳥居」として県の文化財に指定されている。
鳥居に隣接する黒神中学校には横断幕が掲げられていた。そこには「78年間ありがとう」「閉校記念式典 令和8年3月11日」などの文字が。
桜島にある8つの小中学校が統合され、小中一貫の義務教育学校「桜島学校」が今年4月に誕生するという。これに伴って黒神中学校は閉校するのだ。
中学校の生徒たちが時折、境内を掃き清めていたという「腹五社神社」。この地で長く彼らを見守っていた神様もさぞ寂しかろう。
撮影=林らいみ
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