「メイク・ア・ウィッシュ・ジャパン オブ ジャパン」(MAWJ)の初代事務局長として、約3000人の難病の子どもたちの夢を叶えてきた大野寿子さん。そんな大野さんは、2024年6月、肝内胆管がんにより「余命1カ月」を宣告される。
そんな大野さんの最期の日々に密着した感涙のノンフィクション『かなえびと 大野寿子が余命1カ月に懸けた夢』が好評発売中。
今回は、余命1カ月を過ぎ、体力の限界を迎える中、大野さんが筆者(小倉氏)に自殺未遂の過去を告白した場面を紹介する。
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「お漏らしをしたことが3回あるんです」
息切れが激しいため、トイレへの行き帰り、(夫の)朝男に抱きかかえてもらう。気力も体力もなく、戻るとベッドに倒れ込む。
医師から鼻カニューレでの酸素吸入を提案された。ボンベが届いたのは7月31日夕である。トイレへ行く前に酸素を吸うと、たちまち楽になった。ほんの10歩ほどの移動なのにボンベの力を借りなければならない。その現実に肺の衰えを改めて知る。
〈気が張っているけど、体力は確実にdown。時を刻んでいる、確実に〉
私(筆者・小倉)が介護用ベッドの横でアイスコーヒーを飲んでいると、(大野)寿子が天井を見つめながらとつとつと語り始めた。8月に入った午後だった。
「以前話したことがあるでしょう。尾籠な話なんだけど、お漏らしをしたことが3回あるんです。ショックでね。後片付けをしながら涙がこぼれてね」
寿子はいずれ朝男に便の始末までさせるのかと思うと情けなくなった。しかし、余命期間を過ぎたころから気持ちに変化が現れた。
「最近はトイレに行くにもふらふらです。手すりにつかまるんだけど、いったん座ったら立てないの」
ただ、世話になりながらも以前ほどのみじめさを感じないという。
「受け入れたのね。できないことは助けてもらう。情けないと思う必要はない。それに気付いたんです」
話せるのはあと数日かもしれない
腹水がたまり、スイカを抱えたように膨らんでいる。悪化すると胃腸や肺が圧迫され、不快感や苦痛を覚えるようになる。
腹腔内に針を刺して水を抜けば楽になるが、栄養分を奪うため体力低下につながる。かかりつけ医と相談し、利尿剤での対応を決めた。
寿子は体力が極端に落ちたと感じ、話せるのはあと数日かも知れないと思ったようだ。私とのインタビューでは何度も、「もっといろいろと聞いてね」「まだ、話せるわ」と言った。体調を気遣った私が、録音機材を止めようとすると、「まだ大丈夫よ」と言うのだ。
過去に寿子が発言した内容に、確認しておきたい話があった。
「自殺未遂までするようなバカだったの」
寿子はインタビューで少なくとも2回、こう話した。大学時代の経験である。
「劇団での生活が中心で授業にはあまり行きませんでした。試験の日だけ行ったくらいです。恥多き時代です。思いだすと寝られないくらい恥ずかしい。楽しければいいと思っていた。自分のことしか考えていなかった。子どもだったんですね」
こんな話をした後、自殺未遂について打ちあけたのだ。

