闘病記は専門図書館もあるほど確立した分野だ。当事者の体験談にはそれだけ需要があるということだ。本書も発売前に重版が決定している。待たれていたテーマだったのだろう。
「原発不明がん」とは原発、すなわちどの臓器で生まれたのか発生源がわからないまま転移先で増殖した、極めてまれながんのことだ。がん細胞は発生した臓器によって異なる特徴をもつため、原発部位がわからなければ治療方針が決まらない。専門性が高く、対処できる医師の数も限られている「希少がん」だ。
著者の60代の夫はスポーツクラブで突然腹痛に襲われ、急遽地元の総合病院に入院する。腸閉塞と診断されるが、なぜ閉塞が起きたのか検査を重ねてもわからない。主治医自ら外部にセカンドオピニオンを求めるよう夫妻に頼むほどだった。コロナ下で病院間の連携は滞り、面会も制限される。夫は日に日に衰弱していくのに、何もできない時間だけが過ぎていく。
これはたまらない。最悪がんでもいいから病名を知りたいと夫婦が願うのは当然だ。宙ぶらりんの苦しみが約3か月間続いた後、腹水からがん細胞が発見されるが原発部位がわからない。原発不明がんだった。
夫は抗がん剤の開発に携わる病院勤務の技術者で、妻は書評家として医療関係者にも人脈がある。そんな情報網に恵まれた夫婦をもってしても身動きがとれないとは異常事態である。著者は医師との会話を理解したいとの想いから録音を始めるが、これはのちに本書の成立に重要な意味をもつことになる。
夫が勤める病院に転院したところから事態は好転するが、病は待ってくれない。治療を断念し、夫の強い希望で自宅での緩和ケアを決める。道中に亡くなるかもしれないと念押しされた上での帰宅だった。それほどの病状にもかかわらず、好きな音楽を聴いたり友人たちの見舞いを受け入れたりして、夫は18日間生きる。入院から4か月と20日ぶりの二人きりの最後の時間は涙なくして読めない。
本書はここで終わらない。なぜ何か月も原因不明だったか、もっと早く転院させるべきではなかったかと自責の念を抱えつつ、著者は闘病で世話になった医師や看護師、訪問診療や訪問介護のスタッフを取材し、治療の最前線と看取りまでの時間を彼ら専門家の視点からも描いていく。「家族だけに介護や看護の責任を負わせてはいけない」「人生の最後に正解はない」という緩和ケア医の言葉が心強く響く。
録音を聴き直すとだんだん夫の声が弱くなっていくのがわかり、執筆中は身悶えするほどだったと著者は記す。つらい作業だったろう。それでも真実を知りたい、自分たちがたどり着けなかった情報を同じように苦しむ人に届けたいという強い意志によって書かれた。医療介護の専門家にも学びの多い実録だと思う。
あづまえりか/1958年、千葉県生まれ。85年より小説家・北方謙三氏の秘書を務め、2008年に書評家として独立。11年から24年までノンフィクション書評サイト「HONZ」副代表を務める。「週刊新潮」「本の雑誌」「日本経済新聞」等で書評を担当。
さいしょうはづき/1963年、東京都生まれ。著書に『絶対音感』『セラピスト』『中井久夫 人と仕事』『母の最終講義』等。
