華やかな結婚式の裏で、21歳の花嫁はすでに逃げ場を失っていた。夫は連続レイプ事件の真犯人であり、彼女自身も暴力と支配に縛られていたのだ。やがて男は「おまえの妹を差し出せ」と命じる。

 最悪の命令に、女性が選んだ“衝撃の選択”とは……。海外を震撼させた“殺人カップル”誕生の瞬間を、文庫『世界の殺人カップル』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全3回の1回目/続きを読む

妻と共に3人の少女を殺害した男 ©getty

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「この恨みは一生忘れないからな」

 1991年6月29日、カナダ・オンタリオ州南西部のナイアガラ・オン・ザ・レイクの歴史ある教会で一組のカップルが結婚式を挙げていた。新郎ポール・ベルナルド(当時26歳)と新婦カーラ・ホモルカ(同21歳)。約150人の参列者はカーラの美しい姿に息を飲み、誰もが2人を祝福していた。

 馬車から降りるカーラの右腕を支えるポール。その刹那、下を向いたカーラの眉間に皺がよる。昨日、ポールに殴られた右腕の裏側に痛みを覚えたのだ。

 そんな彼女の耳元でポールが誰にも聞こえないよう、「この恨みは一生忘れないからな」と囁く。カーラの両親が挙式の費用を出し惜しんだことへの嫌味だった。傍からは幸せの絶頂にしか見えない2人はこのとき、実は地獄への道を突き進んでいた。半年前にカーラの実妹を強姦・死に至らしめ、さらにほんの2週間前にも14歳の少女をレイプ、殺害していたのだ。

 犯行はポールが主導し、彼に精神的にも肉体的にも支配されていたカーラが積極的に協力していた。いったい、2人の間に何があったのか。

DV親のもとで育った男

 ポールは1964年、オンタリオ州トロントのスカーバローで3人兄姉の末っ子として生まれた。父ゲネスは公認会計士で、母マリリンは主婦業の傍らガールスカウトの指導員として活動、家庭は裕福だった。が、父ゲネスは男尊女卑の典型のような人物で、事あるごとに妻を殴ったばかりか、自分の娘(ポールの姉)にも性的虐待を働いていた。

 ポール自身が虐待を受けたことは少なかったものの、実は彼はゲネスの実子ではなかった。ゲネスのDVやモラハラに悩んだマリリンが昔の男友だちに救いを求めたうえに肉体関係を結び、結果できた子供がポールだった。

 本人がその事実を母から聞かされたのは16歳のとき。あまりに衝撃的な内容にポールは大きなショックを受け、母に「この淫売女!」と当たり散らし、やがて軽蔑していた父と同じように女性を蔑視する、傲慢で高圧的な人間へと変わっていく。