「今日の息子さんの様子は?」
「昨日ちょっと寝るのが遅かったので、私が出たときはまだ寝ていました」
「昨夜は会話がありましたか?」
「会話は全然ないですね、隣の部屋なんで物音で大体わかるんですけど」
「小さいころはどんな子どもでしたか?」
「小さいころは結構、親思いの子だったと思いますね。私の記憶に残っていて、嬉しかったのは3歳くらいのときでしょうかね、『僕が金づちで新しいお家を建ててあげるから、ママ』と言ってましてね。そのときは喜びましたよね。あと、私が疲れていたとき、足を揉んでとか、肩を揉んでとか言うと上手に揉んでくれました」
か細い声に東北なまりが残る。
母思いだったDは、なぜ変わってしまったのか
終戦の5カ月前、母親は東北地方の貧しい農家に生まれた。6人きょうだいの長女。中学卒業後に家を出て、見習いとして美容院に住み込みで働き始めた。通信教育で美容師の免許を取り、上京。住み込みで働いていた美容院の長男と結婚し、長女とDを授かる。だが、夫は次第に働かなくなる。Dが3歳のころに母親は子どもたちを連れて家を出た。生活保護を受けながら、時計部品の工場でパートの仕事を始める。狭いアパートで親子3人身を寄せ合うように暮らしていた。どこで聞きつけてきたのか、夫がアパートを訪ねてくるようになる。母親は夫を玄関に入れようとはしなかった。それでもやってくると、Dは玄関で両手を広げ「おまえ、上がってきちゃだめだ」と母を守ろうとした。
母思いだったDは、なぜ変わってしまったのか。
「裁判中に『母には会いたくない』と言ってますが、その拒絶感はどこでそうなったと思いますか?」
母親はじっと考え込む。長い沈黙が続く。
「長い積み重ねで……物をひっくり返したときが何度かありますから、そういうときにその、助けてやることができなかったことやら何やらが原因になったかと、小学校のときもやはりちょっといじめに遭っていまして……」
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