路上で発見された、無残に傷つけられた21歳女性の遺体。警察は29歳の地元男性を逮捕し、マスコミは彼を「怪物」と名指しした。だが物証は乏しく、自白も揺れ動く。恐怖と焦りに包まれた1980年代イギリスで、捜査と報道はどこで道を誤ったのか。38年後に明らかになる“冤罪”の始まりを追う。新刊『世界で起きた恐怖の冤罪ミステリー35』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

無実の罪で投獄された、ピーター・サリバン氏(画像:BBC News Japan公式YouTubeより)

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イギリスで起きた殺人事件

 1986年8月2日、イギリスの北西部、マージーサイド州ビルケンヘッドの静かな住宅街で、21歳の女性ダイアン・シンダルが殺害された。家族経営の花屋で働く傍らホテルでバーテンダーとしてアルバイトをしていた彼女は結婚を控え、貯金に励む真面目な性格だった。

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 8月1日23時45分ごろ、ホテルのシフトを終えた後、青いバンで帰宅するはずだったところ、車がガソリンを切らしガソリンスタンドに向かったのが最後の目撃情報で、翌朝2日未明、ビルケンヘッドのボロー・ロード沿いの路地裏で半裸の遺体となって発見される。

 頭部に複数にわたり鈍器で打撃を受け、頭蓋骨は骨折し、顔面に深い裂傷。胸部と生殖器部に複数の刺し傷があり、乳房と陰部が残虐に切断・損傷されていた。死因は頭部への打撃による脳出血で、性的暴行を受けた痕跡があることも判明。

 近隣住民から、午前0時30分から2時ごろに叫び声と男女の口論を聞いたとの証言も得られた。

写真はイメージ ©getty

 1980年代のイギリスはヨークシャー・リッパー事件(1975~1980年、ヨークシャー地区で売春婦13人が殺害された事件。1981年、当時34歳の男性ピーター・サトクリフが逮捕され終身刑に処された)余波で、女性に対する性犯罪が極端に恐れられていた時期。この残虐極まる事件も地元住民に恐怖を植え付け、特に女性たちの間で職場への送り迎え、外出自粛の動きが広がった。