アメリカのトランプ大統領は、デンマークの自治領であるグリーンランドの領有に強い意欲を見せている。米軍による対ベネズエラ軍事攻撃を受け、欧州各国はこのトランプ氏の野心にも強い警戒心を見せ始めた。

 では、グリーンランドではトランプ氏はどのように見られているのか。角幡唯介氏による「グリーンランドの怒れる男たち」から一部を紹介します。

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グリーンランドでの“ある常套句”

 極夜の真っ只中、日中も重苦しい暗闇に閉ざされるグリーンランド北西部の町カーナックに到着したのは1月16日のこと。その日のうちに地元猟師オットー・シミガクのスノーモービルで、目的地である最北の村シオラパルクにむかう予定だったが、あいにくの地吹雪で延期となり彼の家に宿泊させてもらうこととなった。

 空港からオットーの家に行くと、2人の見慣れぬ男がコーヒーを飲みながら会話をはずませており、ひとりは左手の中指に包帯を巻いている。聞くと、犬の世話中に引綱が指に絡まった瞬間、どうしたものか、犬が猛烈な勢いで駆け出し、絡まった引綱に尋常ならざる力がかかって指先がちょん切れてしまったのだという。

現地での筆者と犬たち(筆者提供)

 恐ろしいことがあるものだな、自分も気をつけねば……と思っていると、男は包帯を巻いた中指を立てて威勢よく言った。

「チョーンピ、アヨッポ!」

 チョーンピとはトランプのこと。Trumpをグリーンランド北部語で発音すると日本人にはチョーンピに聞こえる。アヨッポは悪いという意味だ。

 隣にいたもう1人の男が話を継いだ。

「お前はチョーンピについてどう思っているんだ」

 どう思うも何も、ドナルド・トランプ米大統領が例のグリーンランド領有発言をしたさい、私は、独自の歴史と文化にささえられた土地をカネで買うという発想自体、そこで生きる人を侮辱したレイシズムそのものだ、地獄に落ちろ、などとSNSで罵ったほど頭にきていた。でも、私のグリーンランド語の会話レベルは3歳児程度だし、当事者を前におなじ地平で怒るのも何かちょっとちがう気もして、つい「ウアンガ、ナルホイヤ、キエンニ、ナーマンギッチョ(私にはよくわかりませんが、よくないですよね)」と逃げをうつような言葉をかえした。

「そうだ。ナーマンギッチョだよ。グリーンランドの人はみんな頭にきている」

 グリーンランド自治政府首相がトランプ発言に対する見解を表明したというニュースが、たまたまテレビでながれた。それを見ながら男はそう言ったのだった。

 おなじように「チョーンピ、アヨッポ」の怒りの言葉はどの家でもよく聞いた。

 例をあげると枚挙にいとまがないが、たとえば、シオラパルクとカーナックを行ったり来たりしている風来坊ケットゥッドゥ・ミウイが、友人宅で「チョーンピ、アヨッポ」とまくし立てるので、またはじまったよと思った私は、「チョーンピは金持ちだし、イヌイットみんなにお金を配ってくれるぞ。いいじゃないか」と冗談でかえした。だが逆効果で、「そんなカネはいらない。チョーンピがカネを配ったらそんなものはいらんと突き返してやる」と火に油をそそぐ結果となった。カネに目がない彼らが、そんなカネはいらんと断言するのだから、これはよほどのことである。