2025年に発売された月刊文藝春秋の膨大な記事の中から、好評だった特集記事を紹介します。

 

 SNS全盛で、繋がりすぎる現代にウンザリなあなたへ、多忙な著名人がアドバイスする特集「つながらない生活新様式」(7月号)。『カルテット』『大豆田とわ子と三人の元夫』など、数々の名作ドラマを生み出してきたテレビプロデューサー・佐野亜裕美さんの記事を一部紹介します。

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 生まれてこのかた、自分の居場所だと思える場所を見つけられたことがない。

 生まれ育った家、学校や職場、パートナーや家族、どこにいても誰といても、いつもどこか居心地の悪さというか、落ち着かなさを感じた。自分はここにいるのに相応しくないような気がした。そういう時、いま自分は、誰かの娘、ドラマのプロデューサー、妻、母、といった「肩書」や「役目」を与えられて、その役を演じているのだ、と思えば少しだけ安心できた。振る舞い方がわかれば、相応しくなくてもそこにいられる。

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今はもっとも「役」が多い?

 現在は人生の中で最も多数の役を与えられているように思う。母から妻へ、ドラマプロデューサー、時に会社の代表、また母に戻って、と目まぐるしく役を切り替える毎日だ。大変だねと言われることもあるが、役割を与えられ続けることは、だからそんなに苦ではない。役目を決められずに放り投げられる方が、よっぽど私の精神には悪い。

 とはいえ、ずっと役を演じ続けているとそれはそれで破綻が来る。役を切り替える体力や気力が切れてしまうような感じだ。私の場合は他者との関わりによって演じる役ができるので、他者との関わりのない「役目から解放された役」を演じる時間が必要になる。まさに「つながらないひとり時間」。そういう時間を持てないと身体か心が壊れる。実際に過去数回それを経験し、今年は虚血性大腸炎にかかって元日から入院する羽目になり、対策を講じる必要に迫られた。

佐野亜裕美氏

 いまの私の生活は、2023年秋に子供を産み、翌年4月に娘を保育園に預けて復職、1年が経過したところ。どうにかこうにか、いわゆる仕事と育児の両立というものをしながら生きている。仕事は本業と妊娠中に新たにはじめた副業とで、体感的には出産前の約3倍になった。そこに育児が加わり、正直自分でも毎日どうやってやりくりしているのかよくわからない生活を送っている。

 さらに私には職業病的な観察癖があって、仕事相手や友人と会って話す時はいつも、相手のことや隣の席の誰か、お店のスタッフ、背景にあるものを観察して、いつかどこかでドラマに使えるのではないかと考えて頭のメモに書き込み続けてしまう。その妙な癖は24時間365日絶え間なく私を仕事と結びつけ続ける。子供を産む前は、その癖から逃れるためにしょっちゅう遠くまで旅に行っていた。アマゾン川でピラニア釣りをしたり、ヴィクトリアフォールズでバンジージャンプをしたりすることで息継ぎをしていた。しかしいまは旅に出ることもできない。

※本記事の全文(約1700字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(佐野亜裕美「アプリ、みじん切り、遠回り」)。

出典元

文藝春秋

【文藝春秋 目次】小泉進次郎 玉木雄一郎 若き政治家のコメ対決/羽生結弦ほか つながらない新生活様式/菊地功 コンクラーヴェ体験記

2025年7月号

2025年6月10日 発売

1400円(税込)

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