朝井リョウ 店じまいのテクニック

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 私にとって小説を書くことは、つながらない時間を確保することに等しい。

 こう記すと、脳内にいるもう一人の私が「いやいや社会や他者と接続することで生まれる諸々を小説にして飯食ってるじゃないですかァ!」とニヤニヤ顔で擦り寄ってくるので、もう少し解像度を上げたい。私にとって主に長編小説の、実際に文章を組み立てている期間は、つながらない時間を確保することに等しい――これでいきます。

 つまり、文章を組み立てる以前の段階=物語全体のテーマを定めるまでの期間は、確かに社会や他者との接続、それにより生まれる摩擦、対立、違和感、怒り等を重視している傾向にある。ただ、その段階を終え、実際にパソコンに向かって文章を打ち込む期間に入ると、私は意識的に社会や他者との接続を絶とうと努める。

 これは、私の思う小説のほぼ唯一にして最大の弱点――完成までに時間がかかることに起因している。

朝井リョウ氏 Ⓒ川口宗道

 今の時代、あらゆる情報が日々更新される。今日は◯だと思っていたものが明日には△、明後日には□になっていることもザラだ。その複雑さを複雑なまま表現できるという点で小説は非常に優れたメディアだと感じているが、いかんせん完成までに時間がかかるのだ。私の場合、単行本1冊となりうる分量(原稿用紙でいうと大体4~500枚)を書くとなると、少なくとも半年から1年ほどの執筆期間が必要だ。そしてテーマによっては執筆前の取材期間があるし、どの本にも原稿完成後の造本作業等がある。結局、テーマを定めてから本という形で世に出せるまでは2年ほどかかっていると思う。

 その間も容赦なく変化する価値観や倫理観にいちいち接続していたら、私の場合、筆が揺れに揺れ、完成は遠ざかる。小説を作り上げる作業というのは、ある意味で、紙の上の社会をこれ以上更新しません、と決め込むことでもある。今回テーマとして取り上げた◯は現実世界では明日にでも△になっているかもしれませんが、一旦ここで現実世界との接続は打ち止めとさせていただきます――社会的な自分を一度店じまいしないと、私の場合は筆を進められなくなるのだ。

ヤバい人間になろう

 店じまいのテクニックはいくつかある。テレビやネットを見ない、そもそもSNSで誰もフォローしない、フォローしたとしても全員ミュートしておく等々――だが、読者の皆様はそんな陳腐で月並みな話を読みたいわけではないだろう。私だってそんなこと書きたくない。というわけで、小説を書きながら散々考えを巡らせた結果、結局はこれしかないのではというたった一つの秘訣をお伝えしたい。

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source : 文藝春秋 2025年7月号

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