日米同盟動揺の最悪も想定せよ

短期集中連載 第2回

垂 秀夫 立命館大学教授・前日本国駐中国特命全権大使

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中国は「ドンロー主義」を歓迎している

米国が踏み越えた一線――秩序なき時代の幕開け

 2026年の年明け早々、トランプ米国大統領はベネズエラへの軍事力を伴う介入に踏み切り、マドゥロ大統領夫妻を拘束し、ニューヨークに移送した。米政府は表向き、麻薬犯罪対策という法執行上の理由を掲げたが、背景には世界で有数の埋蔵量を誇る石油資源をめぐる思惑があると指摘する見方もある。国際秩序の“設計者”を自任してきた米国が、主権国家に武力を行使した事実は衝撃であった。

 この出来事は、ロシアによるウクライナ侵攻を非難してきた米国をはじめとする西側先進国の立場を相対化し、中国による台湾への軍事的圧力にも微妙な影響を与えかねない。国際政治が依拠してきた「規範」や「ルール」はいま後景に退き、力及び威嚇による現状変更は許さないという前提自体が揺らぎ始めている。国際法や国連憲章がただちになくなるわけではないが、それを実効性のある抑止として機能させる条件は弱まりつつある。

垂秀夫氏 Ⓒ文藝春秋

 ここで起きているのは、「無秩序化」そのものではない。秩序を設計・維持し、違反者にコストを負わせる“担い手”の後退である。まさにこれが「ポスト・パックス・アメリカーナ」の始まりなのだろう。

 本稿が問いたいのは、こうした大きな地殻変動の中で、日本は何を守り、いかなる戦略を描くべきか、という一点である。守るべきは抽象的な「平和」ではない。国家としての安全、主権、繁栄、そして国際社会における発言力と尊敬である。そのために、私たちは何を優先し、何を捨て、どの時間軸で準備を進めるのか。戦略とは、その設計図にほかならない。

世界は「現代版三国志」に突入した

 ベネズエラを巡る米国の行動は、昨年12月に公表された米国の国家安全保障戦略(NSS)と重ねて読むと、より大きな文脈が浮かび上がる。そこには、国際社会全体の秩序維持よりも、自国の利益と安全を優先する米国の姿勢が色濃く反映されている。トランプ大統領はかねてよりグリーンランド買収構想を公言しているが、NSSでトランプ流モンロー主義(“Trump Corollary” to the Monroe Doctrine)を打ち出し、西半球における自らの勢力圏を誇示しようとしていることと、同じ流れの中に位置づけることができる。

 国際政治の現実として、米国が自国の利益を最優先すること自体は、必ずしも驚くべきことではない。むしろ決定的なのは、米国が「普遍的価値の庇護者」としての自己像を薄め、同盟や国際機関に対しても取引的な姿勢を露骨に示すようになった点である。これまでの米国は、利益の追求と理念の提起を同時に行ってきた。彼らの唱える理念が常に純粋であったとは言わない。しかし、理念を掲げることが、秩序維持の正当性と同盟国の結束を支えてきた面は否定できない。

トランプ大統領と拘束されたマドゥロ大統領 ⒸAFP=時事

 この結果、現在の国際政治は、米国・中国・ロシアという三つの大国が、明確なルールを共有しないまま、自国の利益を中心として、相互不信の中で牽制し合う構図を強めている。いわば「現代版三国志」と言えるような状況である。

 もっとも、ここでの三国志は、世界制覇を競う物語ではない。米国主導の枠組みを“別のもので取って代わる”ことは、思惑としてはあっても、中露の実力としては現実的でない。だが、差し替えが不可能だからこそ、世界全体ではなく、三国は自分の足場が利く地盤で覇を唱えようとしている。米国は西半球を軸に、エネルギーや安全保障上の要衝(中東など)、中国はアジアとグローバルサウス、ロシアは旧ソ連圏と一部東欧――その方向に、力の論理を押し付けようとする。

 つまり世界秩序の「設計者の交代」そのものではなく、担い手の後退が生む空白をめぐるせめぎ合いであり、ベネズエラの件はその力学が西半球でも露出し得ることを示した。中小国にとっては、その余波を受けながら、自ら安全の手当てをしなければならない時代が始まる。各国は、自らの位置を見極め、秩序を自ら確保する努力を迫られている。

 日本は中小国ではないが、超大国でもない。だからこそ、戦略がなければ最も損をする。大国の衝突の余波を正面から受ける一方で、自らで秩序を作る力は限られるからである。

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source : 文藝春秋 2026年3月号

genre : ニュース 政治 中国