前駐中国大使が渾身の緊急提言! 高市総理の対中戦略「3つの処方箋」

垂 秀夫 立命館大学教授・前日本国駐中国特命全権大使

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「問われているのは“国家のあり方”だ」

 高市早苗総理の誕生は、日本政治における明確な転換点となった。自民党の求心力低下、国際情勢の緊張、そして国民の危機意識の高まりが重なった局面で、明確な価値観と安全保障観を掲げるとされる政治家が登場したことは、政治構造に新しい重力場を生んだ。自民党総裁選での強い支持と政権発足直後の高支持率は、その流れを象徴している。

 就任直後からの外交デビューは華やかだった。ASEANでの首脳外交を矢継ぎ早に進め、日米首脳会談ではトランプ大統領と良好な関係構築に成功し、韓国APECでは短期間での首脳外交を実現した。国内では「初の女性総理」「強い日本を掲げる指導者」としての期待値が高まり、国際社会でも日本の新指導者像に注目が集まった。しかし、そのエネルギーは同時に、外交の繊細な局面を呼び込むことにもなった。とりわけ、中国が最も敏感に反応する「台湾問題」と結びついた瞬間、そのエネルギーは一気に逆流を始めた。

高市首相 ©時事通信社

 11月7日の衆議院予算委員会で、立憲民主党の岡田克也議員の質問に対し、高市総理は「台湾有事が日本の存立危機事態に該当しうる」との発言を行った。この一言をきっかけに、中国からの訪日観光団の相次ぐキャンセル、日本産水産物の輸入の再停止、日本のエンタメ・ゲーム産業への圧力、文化・人的交流の中止・延期など、日中関係の悪化は底が見えない形で確実に広がっている。

 中国共産党は常々「民が官を促す(以民促官)」「経済が政治を推す(以経促政)」「中日友好の基礎は民間にあり」などと耳触りのよいスローガンを謳うが、一旦政治関係が悪化すれば、すぐに経済関係や民間・文化交流に影響を及ぼす。そもそも中国に純粋な民間団体は存在していないため、「民間」交流は容易に党・政府の意向に振り回されてしまう。今回もそうした「政治が全てをリードする」という中国的なやり方の典型的ケースと言えよう。

1 高市総理の誕生と中国側の反応

 10月21日、高市政権が成立した直後から、中国メディアでは「日本政治の右傾化」「対中強硬派の登場」といった、対日批判の常套句である固定化された表現が多数見られた。外交部報道官も「歴史・台湾など重大問題の政治的約束を守ることを望む」と述べ、警戒感を隠さなかった。中国は高市総理の過去の発言や著作を丹念に拾い上げ、台湾に関する姿勢や価値観外交の強調を「硬直化した安全保障観」と批判的に見ていた。

 中国が最も注目したのは、高市総理の「台湾=日本の安全保障」という一貫した認識である。中国は従来より、アメリカが徐々に台湾問題を米中戦略競争の中心に位置づけつつあるのではないかと疑っており、そうした中で中国が最も注視する日本の姿勢である。

 高市総理は、価値観と安全保障を結びつけて語る政治家であり、「台湾は基本的価値を共有する重要なパートナーである」と強調するが、この点が北京の警戒を招いているのである。慣例に反し、習近平国家主席から祝電が送られなかったという事実は、北京が当初から高市総理を“観察対象”として扱おうとしたことを象徴していた。

2 韓国APECでの日中首脳会談:なぜ実現したのか

 中国側は高市政権に警戒感を強めていたにもかかわらず、「意外にも」韓国APECの場で日中首脳会談が実現したことに触れてみたい。日本の報道では「直前まで決まらなかった」と伝えられたが、実際には10月末の時点で中国は“原則的に”会談実施の方向で動いていた。この判断の背景には、10月28日の茂木・王毅外相電話会談がある。中国は首脳会談を行う際、必ず事前に外相レベルで“地ならし”を行う。中国側の発表によれば、その会談で王毅外相は「日本の新内閣が発した積極的なシグナルに注視している」と述べている。「積極的なシグナル」とはなんであったのか。二つ存在した。

(1)靖国神社参拝の封印

 高市総理は就任後、靖国神社参拝を行わなかった。これは中国にとって象徴的な安心材料であり、「最悪のスタート」を避けたと評価された。

(2)所信表明での「戦略的互恵関係」表明

 10月24日の所信表明で「戦略的互恵関係の包括的推進」を明言した。この言葉は日中外交における“魔法の言葉”とされ、中国はこれを「改善意思の表明」と受け止めた。

 以上の二つの「積極的なシグナル」を受け、中国側としては首脳会談に応じることを考えたが、最後に確認すべきことがあった。

 それは、韓国APEC直前に開催された日米首脳会談であった。会談内容を最後まで慎重に観察していたのだ。会談決定を早期に明らかにすると、日米会談の結果次第では自ら引き下がらざるを得なくなる。そこで「原則実施」の方針を持ちながら、最終決断を日米会談の終了まで保留したのである。

習近平国家主席 ©時事通信社

 日米首脳会談において、高市総理は対中批判を控えた。これにより、中国側は「会談を行っても問題はない」と判断し、習近平主席の最終決定を得ることになった。

首脳会談の実像

 10月31日の首脳会談は、終始緊張感に包まれたものであった。公開部分では双方とも手元の発言メモを読み上げただけで、新味は乏しい。一般に30分の首脳会談では、数分の冒頭発言のあと、一方が十数分まとめて発言し、残りは相手が発言する形式であり、巷間思われているような詳細なやり取りが行われているわけではない。

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source : 文藝春秋 2026年1月号

genre : ニュース 国際 中国